透明な檻の魚たち
 帰りの放送が鳴って、生徒たちが帰り支度を始める。私はカウンターに立って、いつも通り生徒たちを見送る。

 生徒たちが帰り終えたら、図書室のドアのプレートを「閉館」にして、そのあとはやり残した仕事を司書室でやって行き、適当なところで帰る。

 いつも通りの作業。今日は仕事があまり残ってないから早く帰れるわ――と思いながらドアのプレートを手に取った、そのときだった。

「先生!」

 息せききった声が図書室の前の廊下に響いて、私は声の方向を振り向く。

 そこには、夕陽を背中にしょって、肩で息をしている一条くんの姿があった。走ってきたのだろうか。制服とコートは、彼らしくなく乱れていた。

「一条くん……? どうしたの、こんな時間に」

 教室や部活棟から出てきて下駄箱に向かう下級生たちが、図書室の前でぼうっと立つ私たちをいぶかしげな目で見て、通り過ぎる。

「本を……、約束した本を、借りに来ました」

 一条くんは約束をすっぽかしたりしない性格だとは思っていたけど、こんな展開は予想外だ、一体、どうしたと言うんだろう。

「もう、下校時刻よ?」

 この状況に半ば苛つき、私はたしなめるように言った。
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