透明な檻の魚たち
 卒業生の見送りも終わり、図書室に戻ろうとすると、本のページの間から何かがひらりと落ちた。私の足元に落ちた四角いものを拾いあげる。それは、手紙だった。封筒の差出人のところには一条くんの名前が、宛先のところには「先生へ」と書いてあった。

 心臓が一度だけ、大きく跳ねる。私は早足になって、図書室への道のりを急いだ。司書室に駆け込んで、内側から鍵をかける。こうしておけば、誰かに邪魔されることもない。

 私は気が急いてしまってうまく動かない指で、その封筒を開けた。

 丁寧な、流れるような筆致が私の目に飛び込んでくる。あの子はこういう字を書くのか。ボールペンでなく万年筆を使っているところが、彼の性格を表していると思った。目上の人への手紙にボールペンはふさわしくない、というマナーを律儀に守ったのか、ただ単に万年筆のほうが趣があると思ったのか。

 どちらでもいいや、と思った。私はこの万年筆で書かれた字が好きだ、と思った。それは彼の性格を好ましく思っているのと同義だ。

 私は一条くんの手紙に目を落とし、ゆっくりと読み始めた。



『先生へ

 この手紙は、本に挟んで卒業式後に渡そうと思っているので、もう、僕はあなたとお別れをした後なんでしょうね。卒業式なんて来なければいいと、これを書いている今は思っているけれど、時間は止めることができないから、この手紙に僕の気持ちを託すことにします。

 先生は僕に、彼女か好きな子がいて図書室に通っているのか訊いたけれど、実はそれ、半分当たっていたんです。

 僕はあなたに会いたくて、通わなくてもいい学校に通っていた。図書室に通っていたのは、あなたに会いたかったからなんです。

 そして、あなたに僕のことを少しでも覚えて欲しかった。ただの本好きな生徒としてでもいいから、あなたの視界に入りたかったんです。
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