透明な檻の魚たち
 廊下や教室では縦横無尽に泳ぎ回る魚たちも、この場所ではじっと静かに座って、勉強をするか本を読んでいる。
 それを見ていると、回遊魚が深海魚になってしまった気がして、少し面白い。

 刺すような寒さが、コンクリート作りの校舎にはきびしい、二月のこの時期。三年生は自由登校が始まり、学校全体が受験ムードでぴりぴりしていた状態を、やっと抜け出せたころ。でも、受験生本人たちの本番は、これからなのだ。

 私立の指定校推薦が決まっていれば、センター試験にも私立受験にも心をわずらわせることなく、学校での卒業アルバム製作や、家での大学準備に当てられる、ある意味贅沢な時間。

 しかし、ほとんどの生徒が国立大学を受験するこの高校では、そんな生徒はほんの一部しかいない。自由登校になっても、学校の図書室や学習室に通って勉強している生徒がほとんどだ。

 テスト前にしか満員にならない図書室が、普段だったら授業で誰もいない時間に満員という見慣れない風景。毎年、自由登校が始まってしばらくは、この光景に落ち着かない気持ちになるけれど、いつもすぐに慣れる。

 図書室にいる生徒が増えたからといって、本を借りる生徒が増えるわけではないし、私はいつも通り業務をこなせばいいだけ。


 ――でも、今年はちょっと違っていた。
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