透明な檻の魚たち
王子様と指輪物語
 ウェストミンスター・チャイムが、とっぷり陽の落ちた校舎に響き渡る。
 それに続いて、「校舎に残っている生徒は速やかに下校しましょう」と言うお決まりの校内放送。

 図書室に残っていた生徒たちは、その放送を待っていたかのようにそそくさと帰り支度を始めた。

 通学バックに勉強道具をつめる彼らはみんな無言で、この大事な時を一分一秒でも無駄にできない、という気迫と真剣さが伝わってくる。

 貸出口のあるカウンターに立つ私に「さようなら」と頭を下げて帰る生徒たち。私も挨拶を返すけれど、「気を付けて帰るようにね」以外の言葉がみつからない。
 そのたびに胸がぎゅうっと締め付けられるように痛むのは、どうしてだろう。表情のこわばった、苦しいのを我慢しているような生徒が多いからだろうか。昔、自分もそんな表情を鏡の中に見たからだろうか。

 春になれば、ここにいる生徒たちも受験から解放されて巣立っていくのに。親鳥、もしくは水槽の中にいるうちだけの親魚だと思っているのだろうか。
 教員でもない、彼らを救ってあげる手段も持たない自分のことを。だとしたら、ひどい欺瞞だ。

 生徒がいなくなり、最後まで残っていた図書委員から日誌を受け取ると、入り口のドアにかかっているプレートを「閉館」にした。そのあと、司書室に引っ込んで今日の仕事をまとめる。

 ここまではいつも通り。

 でも、いつもならかからない声が、貸出口のほうからかかった。
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