山猫は歌姫をめざす
第3章 王女と奏者

【1】ピアスの交換と歌姫の気概


       1.

『犬族』の“支配領域”は、ヤマト全国土中、主に北側に集中している。そこは、文化や芸術というものよりも、農業や漁業を営む者が重宝されていた。

だから、ピアニストやヴァイオリニストといった職業は肩身が狭く、そして、需要もないため、当然ながら生活も苦しかった。

父親は教養を積ませることを目的とした、主に『犬族』の“純血種”の子息にピアノを教え、母親は地方公演にくる有名演奏家の客演をヴァイオリニストとして務め、収入を得ていた。

留加(るか)の覚えている限り、二人の顔に笑顔が絶えることは少なかった。
幼心にも決して裕福と思える暮らしぶりではなかったにも関わらず。

やがて父親は息子の音楽の才能に気づき、自らは音楽の世界とは縁を切り、遠洋漁業に出るようになった。
……彼の才能に見合った楽器を与えるために。

まるでそのためだけに漁師になったといわんばかりに、留加に高級ヴァイオリンを与えた直後の漁で、海に消えてしまった。

母親は哀しみに耐えて、息子に自分の持てうる限りの技術を注ぎこんだ。彼も心得たように、そのすべてを貪欲(どんよく)に吸収した。

そんな日々の中、留加は一人の少女と出会う。彼の母親が亡くなる、一年半前のこと───留加、八歳の冬であった。
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