神獣の花嫁~かの者に捧ぐ~
その『音』の意味が、ようやく咲耶のなかで、正しい漢字として浮かぶ。

『ハクコ』というのは『白虎(はくこ)』、白い虎、ということなのだと咲耶は知った。

(なんで、『ビャッコ』、じゃないワケ!?)

突っ込みを入れながらも、咲耶は現れた白い獣に目を奪われた。

成獣ではなく、近所の日本猫と同じくらいに見える体躯。しかし、猫よりも頭は大きく、四肢は太くがっちりとしている。
素晴らしく見事な毛並みは、白色に薄い黒の縞が入っていた。
じっとこちらに向けられた青い瞳は、ハクコのそれと同じ光を宿している。

『場所は、決めたか』

その声は、頭に響く自らの声のようで。音として、空間を伝わってはいなかった。

呆然としたままの咲耶は、ぎこちなく首を横に振る。──何をどう決めていいのか、分からない。

「身体のなかの……どこでもいいの?」
『そうだ』
「その……痛かったり、する?」
『私は、今まで主をもったことがない。だが、文献によると、多少は痛いらしい』
「じゃ、じゃあ、手で! 右手の甲で!」
意を決して言うと、白い虎は動きを止めて咲耶を見返した。が、じきに咲耶の身のうちに声が響く。

『では、右手を差し出せ』

おそるおそる咲耶が手を出すと、袿のなかから一枚の布を引きずり出し、口にくわえ、咲耶の手の甲にそれをかけた。
そして、おもむろに上げた前足でその上から爪を立て、引っかいた。

「痛ッ……!」

咲耶の口から短い悲鳴があがると、すかさず声が返ってきた。

『死にそうか?』

とまどったような調子の声が、なんだかおかしくて、咲耶は笑った。

「このくらいじゃ、普通、死なないんじゃ……」
『だが、一番最初の娘は死んだ』
「え?」
『お前と同じように、右手を差し出した。私が爪を立てた直後、悲鳴をあげて死んだ』
「それは……」
『なんともないなら良い。この布を外にいる者に渡せ。それから、私に袿を被せろ』

言われた通りに咲耶がすると、外にいた中年の男は咲耶を見て、ふっと笑った。
咲耶から受け取った布に向かい、小さく何言かつぶやくと、宙に指先で何やら描いた。
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