神獣の花嫁~かの者に捧ぐ~

《三》対峙すべき相手

牛車(ぎっしゃ)も用意せずに申し訳ない、と。“大神社”までの道のりを歩きながら、虎次郎(こじろう)は苦笑いする。

「車は、時間もかかりますし……このような山道では、なお、役に立ちませんしね。……目立つだけで、無用の長物だ」

陽差しは暖かいが、ときおり強く吹く風は、凍えそうに冷たい。
虎次郎の最後のひと言は、嘆くようなつぶやきとなって咲耶(さくや)の耳に届いた。

虎次郎の言う『車』は、咲耶のよく知る自動車とは違い、貴人の権威を示すだけのもの。確かに、歩いたほうが早い乗り物だろう。
だが、それを咲耶が思うのではなく、この世界に暮らしてきた虎次郎の口から聞くのは、少し意外な気がした。

「こちらでは、牛車が一般的な乗り物ではないんですか?」

狩衣(かりぎぬ)直衣(のうし)といった衣服をまとう者たちが多く、平安貴族風な人々を見てきたせいか、なんとなくだが咲耶の印象ではそうなっていた。

「街中は、それでも事足りると思いますが……。私個人の好みを言えば、馬を走らせたほうが目的地にも早く着けますし、都合が良いかと」

なるほど、虎次郎は合理的な考えの持ち主のようだと、咲耶は結論づける。

ふいに、考えこむように黙ったのち、虎次郎が咲耶をちらりと見やった。

「私からも、ひとつお()きしてもよろしいですか?」

切れ長の眼が、すきのない眼差しで咲耶を見下ろす。一瞬、何を訊かれるのかと構えた咲耶に、虎次郎がふっと笑ってみせた。

「──ああ、ご心配なく。難しい問いかけではありません。咲耶様はこちらの生活で、何か困ったことはありませんか?」
「困ったこと……ですか?」
「えぇ。我が主からも、不自由なことがあれば改善して差し上げるようにと、申しつかっておりますので」

和彰ほどではないが──虎次郎が長身を折るようにして自らの胸に片手を置き、咲耶をのぞきこんでくる。

(近い近いっ)

咲耶は思わず、身を引いた。
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