神獣の花嫁~かの者に捧ぐ~
「“眷属”としての己の力を過信し、咲耶様の異変に気づかなかったばかりか、ハク様への報告を怠ったのでございます。
大神社(おおかむやしろ)”内は神域中の神域。我ら“眷属”は『不浄のモノ』であるがゆえ、本来の力が発揮できぬ場所。
それをわきまえ、“(あるじ)”様に仕えるが筋というものでしょうに、あのような失態を……!」

どうやら、咲耶が毒虫に刺されたことや、その後の尊臣との対面においての不手際の責めを、犬朗は負わされているようだ。
咲耶は思わず、苦笑いを浮かべた。

「そっか。でも、あんまり犬朗をいじめないでやってね? どちらかというと、私の不注意が招いたことだし」
「しかしながら咲耶様──……その……あまり、甘やかしてはなりません。咲耶様の、御身に関わることですので」

諫言(かんげん)のあまり上げかけた視線を、犬貴はハッとしたように止め、一瞬、言葉につまったようだった。
その態度をいぶかしく思う咲耶の耳に、不機嫌にもとれる低い声音が届く。

「……いつまでも見苦しい姿でいるな」

物言いとは裏腹に、ふわりと優しくかけられた(うちぎ)に、咲耶は困惑しながら眉を寄せた。声の持ち主を見上げる。

「見苦しいって、ナニよ!? 自分の“花嫁”つかまえて」
(そりゃ私は、和彰みたいに整った容姿はしてないけどさっ)

と、ムッとしたのもつかの間、寝起きの自分の、あられもない格好を思いだした。犬貴が、目をそらすはずである。

気まずそうな犬貴の沈黙と、ばつが悪い咲耶を一瞥(いちべつ)して和彰が言った。

「犬貴、たぬ吉、転々」

呼びかけて、自分の前に集った“眷属(もの)”たちの額を、指先で順に突いていく。
犬朗が話してくれた、和彰が『生命力を分け与える』行いだろう。

「ちょっと、犬朗にはやってあげないの?」

この場に用はないといわんばかりに、素っ気なく自身の下僕(しもべ)らに背を向ける和彰を追いかけて問う。

「……必要ない」
「なんでよ?」
「理由は、あの者が一番よく解っているはずだからだ」

歩みを止めずに言う和彰の腕をつかむ。
すると、じっと咲耶を見つめてくる眼差しと、ぶつかった。
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