神獣の花嫁~かの者に捧ぐ~
「手加減したら『お仕置き』にならないじゃないのさ! ね、犬貴?」
「その通りだ。転々、遠慮なくやれ」
「がってん、承知の助ッ。──うっりゃあ~っっ」

……何やら、中庭のほうが騒がしい。咲耶は足を止め、方向転換をした。
大きな(かし)の木に吊された犬朗と、後ろ足に体重をかけ、今にも飛びかかろうとする転々。
その様を腕を組んで見ている犬貴に、いつも以上におどおどとして彼らを見比べるたぬ吉。

「………………なに、やってんの?」

理解に苦しむ光景に、あきれて声をかければ、犬朗の絶叫を背後にした犬貴が、咲耶の前にひざまずく。

「お早うございます、咲耶様。
これは、我ら“眷属”のしきたりの一環。ご関心を向けるは、不要にございます。お目も穢《けが》れますゆえ、早々にお立ち去りくださいませ」
「──そんなシキタリなんて、俺、聞いたことねぇけどな……」

早口で告げる犬貴の向こうで、宙吊りにされた赤い甲斐犬がぼやくのを聞き、咲耶は黒い甲斐犬を見下ろした。

「……って、犬朗は言ってるけど?」
「はて、なんのことやら。役に立たぬ駄犬の、遠吠(とおぼ)えにございましょう。
──転々、続けてくれ」

しれっと受け応えた黒虎毛の犬が、キジトラ白の猫を振り返る。
ふたたび、軽やかな飛翔の蹴りでもって、蓑虫(みのむし)のような犬朗が、振り子のように揺れた。
かすれた情けない声が、さわやかな朝の空気のなかを響き渡る。

(んー。犬朗だし……ま、いっか)

“眷属”たちが、そろって遊んでいるように、見えなくもない。
隻眼の虎毛犬には気の毒だが、咲耶は無慈悲にそう結論づけた。

「でも、なんでこんな『遊び』をしているの?」

遊びだなんて、ひでーよ、咲耶サマ……という犬朗の傷ついたような嘆きを尻目に、()いてみる。
忠実で生真面目な虎毛犬は、怒りをあらわに咲耶を見上げてきた。

「おそれながら、それは愚問にございます、咲耶様。あやつめは……」

言いかけた犬貴の眼が、咲耶の姿をまともに映した瞬間、あわてたように伏せられる。さらに、(おもて)ごと伏せたまま、先を続けた。
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