神獣の花嫁~かの者に捧ぐ~
『──あら、もう限界なの?』

つややかな男性の声音にそぐわない、女性的な口調。スズメを通じての茜のからかいに、美穂は不満そうに唇をとがらせた。

「うっさいなー、仕方ないじゃん。咲耶はあたしと違って小難しい話が好きなんだよ」

文句を垂れたあと、美穂は咲耶が訊いたことをそのまま話す。チュン太の口を借りた茜が応じた。

『あぁ、なるほどね。
確かに一般論でいえば、現世(うつしよ)に居ないと言われたら「死んだ」と考えるのが普通ね。
だけど、アタシ達“神獣”の感覚でいえば、それは常世(とこよ)に「戻った」ってことなのよ』

スズメの口から茜の声が出てくる奇妙さにとまどいながらも、咲耶は考え考え問い返す。

「えぇっと、違う世界に行くってことですか? その、神様のいる所っていうか……」

チュン太の片方の羽が上がった。咲耶を指すように、動く。

『半分、正解。異なる世界──アンタ達がいた世界という意味ではない、『異界』ね。
常世は、この“陽ノ元”という世界の延長線上にある特別な場所だから。
そうねぇ……“神獣の里”も、いわば常世のなかにあるようなものなのよ』

「……そこが、“役割”を終えた“国獣”──いずれ“神獣”や“花嫁”が行く場所ってことですか?」
『そう。相変わらず、のみこみが早いわね。
──どうでもいいけど、まだるっこしいから、ソッチに戻るわよ』

へ? と、咲耶がまばたきをした瞬間、
「ただいま、美・穂」
語尾に桃色な吐息を含ませて、セキコ・茜その人が、咲耶の前に姿を現した。
いつにも増して豪奢(ごうしゃ)なあつらえの打ち掛けに、赤褐色の波打つ髪を結う(ひも)には、白い梅の花が飾られている。季節を考えると奇妙だが、生花のようだ。

「あぁっ! うっとうしいなっ」

自分を後ろから抱きしめるあでやかな青年に、鈍い音を立てて、美穂がひじ鉄をくらわす。
愛が痛いわ~……と、泣き真似をする茜を、咲耶はあっけにとられて見ていた。

(えっ!? いま茜さん、どこから来たの?)
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