神獣の花嫁~かの者に捧ぐ~
「もういいよ、こうして来てくれたから。(ゆる)してあげる」

冗談めかして言って、咲耶はふと気づいたことを口にした。

「夢を見てるってことは、私、眠ってるんだよね?」
「ああ」
「タンタンや転々……それに、椿ちゃんがどうしてるか……和彰、知ってる!?」

あいまいだった視界が和彰の出現によりはっきりとしたものになると、咲耶の思考もめまぐるしく動き始める。

これが『夢のなか』であるのなら、現実世界はどうなっているのか。黒衣の男が椿や たぬ吉らを傷つけていないという保証はない。
だからこそ、咲耶の不安が先ほどの『悪夢』となって表れたのだろう。

「たぬ吉と転々はお前を護るために生命力を奪われたようだ。椿は……──」

淡々と応えていた和彰が、そこで言いよどんだ。息をつめる咲耶を見据えたのち、先を続ける。

「お前の近くに、()る」
「私の……? 近くって、側にいるって意味?」
「傍らという意味なら違う。──咲耶」

いつも以上に低く堅苦しい響きの声で呼びかけられ、咲耶はとまどって和彰を見返した。

「な、なに……?」

和彰から向けられる、真っすぐすぎる強い眼差し。そこにこめられたものに、漠然とした怖れをいだかされた。

「お前が目覚めた時、私はお前の側にいてやれない。……お前の側に在りたいが無理なのだ。
だから、私の想いをお前の魂に刻んだ」

冷たく長い指が、咲耶の唇をなぞる。

「──赦せ……」

つぶやくように告げられた言葉と共に、伏せられる瞳。
見ているこちらが苦しくなるような表情に、咲耶は思わず和彰にしがみついた。

「和彰、何かあったの? 私のところにすぐに来れなかったのは、そのせい!?」

詰め寄る咲耶の髪をいなすようになで、和彰は黙って咲耶を見つめる。
青みがかった黒い瞳をのぞいても和彰が謝る本当の理由が解らず、ただただ咲耶の胸は、きしむように痛んだ。
そんな咲耶の前で和彰はいつもの無表情に戻って、淡々と話を続ける。

「幸い、お前の元には犬貴も犬朗も来れるはずだ。お前たちの結びつきは、強固なものだから。
目覚めたらまず、あのモノらを呼べばいい」
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