神獣の花嫁~かの者に捧ぐ~
いつでも呼べと言った自らよりも、配下である“眷属”を頼れなどと、和彰の口から聞くとは思わなかった。
それほどまでに、和彰の置かれている状況は悪いものなのかと、咲耶は勘ぐってしまう。

「……目が覚めたら、犬貴と犬朗を呼ぶわ。それから、椿ちゃんを見つけだして……タンタン達も、助ける。和彰のことは一番最後になっちゃうけど……いい?」
「咲耶、私のことは──」

軽く首を横に振り、咲耶の申し出を拒むしぐさをする和彰に、咲耶は強く言い返す。

「私の所に和彰が来てくれたように、今度は私が和彰の元へ行くから。あなたが託してくれた“眷属”たちを連れて。
だから……待ってて」

和彰は、何かを思うように瞑目(めいもく)した。ややして開けられた瞳は、迷うことなく咲耶を映す。

「……分かった。だが、無茶はするな。そして──お前は、お前の信じることを為せ」
「え?」
「迷う心に付け入れられ、お前は凶夢を見せられたのだ。お前の(こころ)を弱らせるために。
だからお前は、お前自身を信じ、為すべきことを為せばいい」

きっぱりと言いきった和彰の唇が咲耶の唇に近づき、触れたと思った瞬間。
直前まで感じられたぬくもりが嘘のように、目を開けた咲耶の側には和彰の姿はなかった。

あざやかに咲き乱れる花は変わらずに。辺りは、和彰が現れたときのまま、色彩豊かな情景であるのに。
咲耶が心から求めた“神獣”の“化身”だけが、その場からいなくなっていた。

(…………大丈夫)

目じりをぬぐって、咲耶は大きく息をつく。

(私には、やらなければならないことがあるんだから)

胸にこみあげたせつなさを追いやって、自らに言い聞かせる。──咲耶に残された、愛しい者がくれた(しるべ)

まずは。

(目を、覚まさなきゃ)

そこから、すべてが始まるのだから。





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