神獣の花嫁~かの者に捧ぐ~
なかなか目醒(めざ)めぬ咲耶に付き添い、ほとんど不眠不休だった椿を見兼ね、百合子が少々手荒な方法で休ませたらしいのだが──。

「あの……来ていただいてこんなこと言うのはなんですが。どうして百合子さんが、こちらに?」

ためらいがちに尋ねると、短く息をつかれた。柳眉がひそめられる。

「セキの“花嫁”に泣きつかれた。お前の所に行き、様子を見て来て欲しいと」

美穂に頼まれ仕方なく、と、黒い“花嫁”である百合子は応えたが、百合子本人も咲耶を気にかけてくれていたのは明らかだった。

尊臣(たかおみ)の『影』からも内密に闘十郎へと話があったしな」

付け加えられたひとことに一瞬混乱しかけた咲耶だが、尊臣の『影』とは『影武者』の意──すなわち沙雪のことなのだと気づく。

横になったままの咲耶は、そこで思わず身体を起こした。

「……道幻、は……っ」

一ヶ月の眠りが、咲耶の身体を()せ衰えさせていたようで、起き上がったつもりが、半ばで床に沈んでしまう。

無理をするな、と、百合子の片手が咲耶の肩を押さえつけるように触れた。

「あれは元々はこの国では死した者。……しかるべき場所へと闘十郎が葬った」
「葬った……」

百合子の言葉尻をとらえ、咲耶は口のなかで繰り返す。

では、今度こそ本当に、先代の白い“神獣”の“(つい)の方”は存在しなくなったのだ。しかも、その存在を葬ったのは──。

「“神籍”にあった以上、簡単に死ぬはずがなかったのだが、“神獣”自らが手にかけたと言えば、誰も反論はすまい」

事実を述べるだけの口調に深い意味はないはずだ。
百合子が語るのは先代のハクコの話だろうが、咲耶の脳裏には、道幻の返り血を浴びた青年が浮かんでいた。

目を閉じても開けても、あの時の光景が焼き付いて離れない。咲耶は猛烈な吐き気に襲われ、口もとを覆う。

「──……黒い甲斐犬……犬貴といったな。あやつが道幻を手にかけたと聞いているが?」

横向きになった咲耶を、百合子が窺うように見てきた。

目線で咲耶は問い返す。どういうことか、と。
< 241 / 451 >

この作品をシェア

pagetop