神獣の花嫁~かの者に捧ぐ~
「えっ……あ、は、はいっ」

すっくと立ち上がり、咲耶と共に歩きだした たぬ吉に、咲耶は事情を説明し始めた。

和彰が受けた穢れを取り除くために“神獣ノ里”に向かっていること。
たぬ吉を含め、札に封じこめられた“眷属”たちは、未だ愁月の束縛を受けていること。
そして……いまの咲耶には、“神力”が扱えないこと。

「愁月いわく、タンタン達を札から完全に解放するには、私の力が足りないみたいなの。
だから、ある一定の時間が過ぎると、タンタンはまた、札に戻ることになるわ」
「い、一定の時間……ですか。ちなみに、それはどのくらい……?」
「長くて一昼夜だって言ってたわ。あと、“術”使用でさらに短くなるって」

愁月から告げられた“眷属”を札から出していられる時間を思いだし、咲耶は溜息まじりに たぬ吉に答えた。

限られた時間を考えた咲耶は、記憶の底にあった“神獣ノ里”までの日程をおおよそ計算し、和彰の領域を出てから、まず、たぬ吉を札から出したのだった。

本来は解放呪文のようなものがあるらしいが、咲耶が彼らの“主”である以上、言霊(ことだま)にこめられる意識が“主命”となり解放呪文と同義となるらしい。

「わ、分かりました。できるだけ先を急いだほうが良いんですよね?
……じゃあ、こちらから行く方が早いと思います。少し険しい道のりになりますが──」

納得したようにうなずき、たぬ吉は地図に目を落としながら咲耶を先導した。





フクロウの鳴き声が、どこからともなく聞こえてくる。
折り重なる木の葉にさえぎられ、わずかにのぞく月光は頼りなく、咲耶は、目の前の()き火の明かりにホッと息をついた。

「さ、咲耶様。お疲れでしょうから、どうぞお休みください。ボクが火を絶やさないように、起きていますので」

草木の生い茂った高低差のある道なき道を歩き、ぬかるんで足を取られる湿地を通り抜け、ようやく平地であるこの場に落ち着いた所だった。

久しぶりに酷使した咲耶の足は棒のように強ばり、疲労が頂点に達していた。
そんな咲耶を気遣って、たぬ吉は言ってくれたのだろう。
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