神獣の花嫁~かの者に捧ぐ~
(ちょっ……。私、犬貴がいなかったら、沈んでるんじゃない?)

口を開けばおぼれてしまいそうで、咲耶はあせってしまう。

前へ進むのも容易ではないなか、咲耶の身の丈以上になる水深。しぶきがかかる顔に、目も開けていられぬほどだ。

「咲耶様、潜り込みます。しばしのご辛抱を」

叩きつける水音に負けない強い語調で、犬貴が告げてくる。
だが、すでに半分以上、目を閉じた咲耶には、自分がどこにいるのかも分からない状態だった。

(滝壺に入るってことだよね?)

なんとかうなずき返し、咲耶は大きく息を吸い込む。見届けた気配がして、犬貴の身体と共に咲耶は沈んだ。

くい、と、進み行く方向とは逆の方向へ、首が引かれるのを感じた直後、ふつりと力が消え失せた。

(……あ!)

一瞬のち、咲耶はその力の正体に気づく──和彰の“御珠”だ。首に手をやると、ひもが切れて袋がなくなっていた。

(やだ! 和彰ッ)

やみくもにつかみ寄せようと手探りするも、触れる感覚は強い水圧のみ。

『咲耶様!』

無理やりこじ開けた視界。止めようとする犬貴を振り切り、咲耶は必死で“御珠”の行方を探す。

(どこ……? 和彰……)

息苦しさに耐え水中を見回す咲耶の目の端に、暗い水底へと飲み込まれそうになりながら弱々しい光を放つモノが映る。
“御珠”に違いなかった。

安心すると同時に漏れた息が咲耶の酸欠を誘い、さらにはもがいた拍子に、水が多量に口へと入りこむ。

(和彰ッ)

おぼれると思った咲耶が声にださずに呼んだ(・・・・・・・・・)のは、護り手である“眷属”の名ではなかった。
呼びかけに応えてくれることはないと知っている、愛しき白い“神獣”の真名(なまえ)だった……。





まるで重りでもつけたかのように沈み行く身体。
巻き込まれる水流に視界が悪くなるなかで、咲耶の目に自分と同じ白い水干を着た者が映る。

(かずあき……?)

居るはずのない存在に焦がれた、自らの願望を表す幻か。はたまた、いつかの夢の続きか。
まばゆい光を水中に反射させて、咲耶の身を引き寄せつつみこんでくる。水流よりも強く、けれども、優しい力で。
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