神獣の花嫁~かの者に捧ぐ~
空中に縫いつけられたかのように、光の矢は犬貴の身をその場に留める。
四肢を拘束する力に対抗すべく、黒い甲斐犬がうなり声をあげた。

咆哮(ほうこう)は周囲にいた者たちを震えあがらせたが、肝心の尊臣も力を差し向けた愁月も意に介した様子はない。

「尊臣様」

白木の(さや)に覆われた大きな刀を拾い上げ、愁月は本来の持ち主へと手渡す。

(あれが……)

“神逐らいの剣”という大層な名の割には、何の飾り気もない質素な造り。
剣というが、片刃の太刀(たち)であろうことがうかがえる、細身のものだ。
だが、その存在ゆえに、和彰たち“神獣”が軽んじられてきたのも事実なのだ。

咲耶は、大きく息をつく。
気を抜くと、自身を保っていられないほどの、何か大きな『力』に支配されてしまうような感覚に(とら)われる。

(怖い……)

その感覚に呑み込まれそうな自分も。この先に待ち受ける事態も。
揺れ動く視界に、咲耶が懸命に目をこらした、直後。
尊臣の手で、すらりと引き抜かれた刃が、白い“神獣”の“化身”へと、突き立てられた──。

「……っ、あ……」

鈍痛が咲耶の身を襲うのとほぼ同時。黒い獣の怒りに満ち、(たけ)り狂う声が、空間を震わせた。

「咲耶サマ……!」

犬朗の呼びかけに声に出さずにうなずき、傍らで心配そうに咲耶を見上げるキジトラ白の猫に、無理やり微笑んでみせた。

それから、大きな背中に合図を出すように、しがみつく。
息苦しさのあまり必要以上に力が入ったが、赤虎毛の犬は“主”の身体の状態よりも、その想いに応えることを優先したようだった。

右腕で咲耶を背負い、左手に(いかづち)の力を凝縮した剣を手にして、隻眼の虎毛犬が跳躍する。

「行くぜッ……“神鳴(しんめい)剣”!」

空を切り軽々と人身の頭上を越え、犬朗は和彰の“神の器”がある祭壇の前へ、咲耶ごと着地しようとする。
降りざまに振りかざした斬撃は、神をも(はら)うとされる剣に真っ向から受け止められた。
拍子に、咲耶は犬朗の背中から転がり落ちる。

「咲耶!?」

不遜な男の顔に、ここにきて初めて動揺が走った。その目が、背後にいる己の命に忠実であったはずの官吏に、向けられる。

「愁月ッ……!」
「……おっと。よそ見をしてる場合か? “国司”サ、マっ!」

相対する男のゆるんだ力と体勢に、すかさず赤虎毛の犬は握る剣に拮抗(きっこう)をくずさんとする力を込める。
とたん、小さな稲光が発せられ、辺り一面を昼のように明るく照らした。
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