神獣の花嫁~かの者に捧ぐ~
それでも、心のなかは違うのかもと思い、
「……猫、触らないの?」
と、猫を抱き上げながら問う咲耶に真顔で返ってきた言葉は、
「猫より松元さんを見ていたいから」
だった……。

(やっぱり結婚詐欺?)

と、ふたたび警戒しかけた咲耶だが、霜月の放つ声音はみじんの甘さもなく……どうやら自分は、めずらしい観察対象なのだろうと結論づけた。

(なんか変な人)

と思いつつ、これきり会わないと突き放せないのは、彼には裏表がないように感じるからだろうか。

(なんだかんだで猫にも好かれてたしな)

自分からは積極的に近寄ってはいなかったが、猫たちのほうは親猫に甘えるようにすり寄ってきていた。
それに対し不快な表情をしなければ追い払う素振りもなく、されるがままだった。

「これ」

帰り際、目の前にキジトラ白の猫を型どったキーホルダーが差し出された。なんの気なしに受け取りかけ、あわてて訊き返す。

「えっと……くれるの?」

圧倒的な言葉数の少なさはどうにかならないものかと思いながらも、黙ってうなずき返された咲耶は礼を言った。

「ありがとう。……ええっと、じゃあ、私もあげるね。交換ってことで」

入場チケットや食事代などを当たり前に支払われ、恐縮していたのもあり、咲耶は自分用にと買っていた物を手渡す。

ペルシャ・チンチラのキーホルダーだ。

ところが霜月は、何が起こったのか分からないといわんばかりに、咲耶から受け取った姿勢のまま、固まってしまった。

(あれ? 私、ひょっとしてやらかしたのかな?)

ありがた迷惑だと思われたのかと、嫌な汗をかきかけた、その時。

「……ありがとう」

聞き取りにくいほど、ポツリと低く告げられた言葉。思わず見上げた咲耶に向けられた、微笑み。
まるで、無くしてしまった何かを取り戻したかのような、あたたかなものを手に入れたかのような、そんな笑みだった。

(────……っ、殺す気か!)

心臓に悪い微笑みの爆弾投下はやめて欲しい、と。
内心で茶化すことで、咲耶は自らの胸にわきあがった思いを見ないふりして、その場をやり過ごしたのだった。


       ※


目の高さに上げた、車とロッカーのキーを留めているキジトラ白の猫のキーホルダー。
もう一方の手で頬づえをつき、咲耶はぼんやりと回想にふけっていた。

(結局、傷つきたくなかったんだよね)

デートの誘いもメッセージも。一度だって咲耶からはしていない。
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