神獣の花嫁~かの者に捧ぐ~
「あ、お兄さん、素敵な人だね。優しそうだし、格好いいし」
「……そう」
「うん。年は……私より少し上くらいなのかな?」

話題提供のつもりで咲耶はそう言った。しかし、返答がない。

(……あれ?)

気のせいでなければ、霜月のいつもの無表情が、不機嫌そうに見えなくもない。
素っ気ない返答もいつも通りで、先ほどは気にならなかったのだが。

(あれれ? ひょっとして……)

まさかとは思う。霜月に限ってそんなことはないだろう、と。
否定はしたものの、なんとなくこそばゆい感覚に陥り、咲耶は黙っていられずに口を開く。

「あの……急に連絡して、ごめんね。その、会いたいとかって」

先細りに小さくなる声。気恥ずかしさに頬が熱くなる。

「め、迷惑かなって、思わなくもなかったんだけど……」

瞬間、うつむきかけた咲耶の耳に響く、低い声音。

「迷惑じゃない」

はっきりと告げる唇から、視線をさらに上げれば、霜月と目が合った。

「嬉しかった」

やわらかな眼差しが自分に向けられていて。吐息のように告げられたひとことには甘さが含まれ、咲耶の身体と心が震えた。

(わわっ……こんな声だすとか、反則なんですけどっ!)

高鳴る胸の鼓動に追い討ちをかけるように、霜月の長い指が咲耶の右手の甲に触れる。

「松元さん──」

霜月が何かを言いかけた時、障子がスパンと勢いよく左右に開いた。

「や、どーもコンバンハ。柊の兄で、(あきら)っていいま、すー……っと」

大柄な男性が入ってくるなり自己紹介を始めたかと思うと、咲耶の手に置かれた霜月の指先を見て、ニヤリと笑った。

「悪かったな。邪魔しちまったか」
「……邪魔だと言ったら出て行くのか」
「まさか。だって会いたいから連れて来てくれって頼んだの、俺らだし」

座卓の向こう側にどっかりと腰をかけたのは、先ほど廊下で出くわした人物だ。
ボサボサ髪と猫背、低音の濁った声からは想像がつかなかったが、正面で見ると人好きのする顔をしていた。

(お兄さん……なんだよね?)
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