神獣の花嫁~かの者に捧ぐ~
無言で問うように目を向ければ、太陽の光が一葉の眼鏡レンズを反射する。

「その、白い“痕”。親御さんは何もおっしゃらなかったでしょう?
それは『神がつけた印』。この世界には本当ならば存在しないものだから、常人には見えないのです。先ほどの少女と、同じように。
ですが」

言って、一葉は眼鏡を外すと、咲耶の右手の甲を指差した。

「残念なことに私は眼鏡をかけたままだと、先ほどの少女もあなたの手の甲のそれも、この世界のものと区別がつかない(・・・・・・・)
眼鏡を外し、ぼやけた視界のなかで初めて、異界のモノだと分かるんですよ。
視力が悪いはずの私がはっきりと()えるのは、異質な存在だからだと」

淡々と語る一葉の口調が、次第に辛らつさを増していく。

「あなたが“陽ノ元”へ戻ろうが、この世界に留まろうが、私の知ったことではない。
けれども、“神獣”の“花嫁”という異質な存在のまま、あなたにぐずぐずとこの世界に居座られるのは、迷惑な話なんですよ。
悪鬼死霊を含め、この世界の住人にとってはね」

切れ長の一重の目が、ふたたび細められ、同じ質問が繰り返された。

「この世界に留まるか、“陽ノ元”に戻るか。お心は決まりましたか?」





沈黙がわずかの間、車内に落ちた。
咲耶がすぐに応えられなかったのは、決心がつかないからではなかった。

「お前がどちらの世界を選んだとしても、私はお前と共に在る」

離さないでと告げた咲耶を、そう言って抱きしめた和彰。対する咲耶の心は、初めから変わらずにあった。
──和彰という“神獣”の“花嫁”となり、自分が必要とされたあの日から、ずっと。

「……“陽ノ元”に、戻ります」

一葉の片眉が跳ね上がった。咲耶の沈黙を、決断しかねているとでも思っていたのだろう。

「分かりました。では──」
「でも、すぐには戻れません。親や兄弟に、私がいなくなる事情を説明しないといけませんから」
「……ハ……」

気が抜けたかのように、一葉が笑いをもらした。その笑みが、にわかに皮肉げなものとなる。

「馬鹿ですか、あなたは」

面と向かって言われた衝撃に、頭のなかが一瞬、真っ白になる。
< 398 / 451 >

この作品をシェア

pagetop