神獣の花嫁~かの者に捧ぐ~
翌朝から、咲耶の言葉を鵜呑みにしたハクコは、咲耶の頬にくちづけるのが日課になってしまった……。

(ってか、傍から見たら、この構図ってヤラシーし、恥ずかしい気がする……)

後ろから裸の男に、乱れた着物姿で抱きしめられている自分──を、俯瞰で見てみると、何やらいかがわしい。
そう思ったとたん、触れ合った部分が急激に熱くなり、いたたまれなさに咲耶はハクコの腕のなかで身じろぐ。
するとハクコは、用が済んだといわんばかりに咲耶の身体を手放すと、ふたたび布団のなかにもぐりこんだ。

「私はもう少し休む。椿にもそう伝えてくれ」
「はい。ごゆっくり~」

気恥ずかしいのをごまかすようにおざなりに応え、咲耶は部屋をあとにする。

「姫さま、おはようございます」
「おはよー、椿ちゃん。いつもありがと。ハクはまだ寝てるって」

手水場で顔を洗い終えると、すかさず差し出される手拭いを受け取って、ハクコの伝言を椿に伝える。

初め椿は、咲耶が起きる頃、桶を持って部屋を訪れていた。
が、ハクコの【日課】を目撃してからは、気を遣って手水場で咲耶を待つようになった。

(アレ、恥ずかしかったな……)

あわてず騒がず「失礼いたしました」と、冷静に障子を閉められた時の光景が、咲耶の脳裏によみがえった。
結局、心のなかで絶叫していたのは、咲耶ひとりだけだったようだが──。

洗顔は、近くの沢で汲まれた水を使い、すすぐだけだ。
石鹸もあるにはあるが高価な物らしく、おまけに汚れを落とすことに特化したものだった。
そのため咲耶は、洗い過ぎでかえって油分がなくなるのをおそれ、入浴時に使うのみにとどめていた。

ちなみに、洗髪は三日に一度。
米のとぎ汁を使って洗うのだが、何しろ電化製品がない──そもそも『電力』もない──ので、髪の量が多い咲耶は乾かすだけで一苦労だった。

(基礎化粧品すら使わなくなって大分経つけど……肌荒れも特にないし)

美穂が言ってた通りだ。“神籍”に入った以上は老化現象はなくなり、食物の摂取もほとんど必要ないらしい。
ただ、茜いわく、
「肌ツヤ保つこと考えて、食事はきちんと摂りなさい? 偏食してると、肌に良くないからね?」
ということなので、老化は進まずとも栄養補給は必要なのだろうと、咲耶は納得した。
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