神獣の花嫁~かの者に捧ぐ~
「あのね、百合子さんと……“花嫁”同士の話をしながらの散歩ってことで、いいんですかね?」
「──ハクの“眷属”は、お前だけだったな」

同意を求める咲耶を完全に無視して、百合子が犬貴に問うた。桶と瓶を下ろし、犬貴はその場で片ひざをつく。

「左様にございますが」

何か? と、逆に見返された百合子が、ふっと笑った。美しいが癇にさわる笑みに、咲耶は眉を寄せた。

「それが何を意味するのか、気づかずにいるのか? 主従ともに愚鈍だな」
「なっ……」

玲瓏(れいろう)な声音で告げられたあざけりに、咲耶はカッとなったが、犬貴は毛を逆立てうつむいただけで何も応えなかった。

「ちょっと! いまのは訂正してください! ハクにも犬貴にも、失礼じゃないですか!」
「──何も知らぬ小娘が、知ったふうな口を利くな」

低く押さえつけるように言いおいて、百合子は犬貴に目を向ける。

「よもや、気づかずにいるほどの阿呆ではあるまい。“花嫁”がいることを、どう考えているのか。浅い考えのままでは『賜り物』も失うことになると、ハクに提言すべきはお前の役目ではないのか?」

うつむいていた犬貴の眼が、一瞬咲耶を映す。哀しい色を宿した瞳が伏せられ、やがて苦々しい声が咲耶の耳に届いた。

「……咲耶様。御前を失礼いたします」

言って、犬貴は桶と瓶を持ち上げ屋敷のほうへ足を向けた。垂れ下がった尾が犬貴の心情を表しているようで、咲耶は百合子を振り返った。

「どうして、あんなっ……。犬貴は賢いし、忠実だし……それに何より、ハクコのことを大事に想ってる良い“眷属”ですよ!? こんな風にバカにされる、意味が解りません!」

何事もなかったかのように、また歩きだした百合子を追いかけ、咲耶はいらだちをぶつけた。

侮辱されたまま、屋敷に戻って行く犬貴の後ろ姿が、やりきれなかった。
犬貴が自身だけでなくハクコを貶める発言をした百合子に対し、なんの反論もしなかったのは、彼女が黒虎の“花嫁”だからと言葉を控えたのではないことは、なんとなくだが咲耶にも伝わった。
おそらく百合子は、間違ったことを言ってはいないだろう。だが──。

(正論だからって、何を言っても赦されると思うなよっ)
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