神獣の花嫁~かの者に捧ぐ~
「えっと、ボクは、あの……へ、“変化(へんげ)”の“術”が、つつつ、遣えますっ!」

どもりながら言ったタヌキ耳の少年が、「“変化ッ”」と短く叫んだ直後。やや小さめで、気弱そうな青年ハクコが現れた。
「なんか弱っちそうなハク様ね!」と、また猫に蹴飛ばされている。

微笑ましいやりとりを見ながら、咲耶がハクコに礼を言いかけた時、表のほうから聞き慣れない声がして、咲耶たちのいる中庭へ近づいてきた。

「──だーから、そーゆう堅っくるしいのは、俺、向かないっての!」
「私も、好きで貴様に頼むわけではない。だが、背に腹は代えられぬというだろう。
いいから、しゃきしゃき歩け!」

ぞんざいな口調に気づくのが遅れたが、犬貴の声もする。
目を向ければ、犬貴と、犬貴と同様に二足歩行をする甲斐犬──ただし、こちらは赤虎毛だ──が、中庭に姿を見せた。

咲耶の視線に気づいたらしい犬貴が、あわてたように地にひざをつきかけ、すぐに隣の赤虎毛の甲斐犬に、無理やり頭を下げさせた。

「申し訳ございません、咲耶様。ご無礼を……」
「いいよ、犬貴。それより、誰? 犬貴のお友達?」

瞬間、赤虎毛の犬が、ブハッと、盛大に噴きだした。すかさず犬貴が、その後頭部を殴りつける。

「いえ、あの……。同郷の者で、フラフラしているくらいならハク様にお仕えしろと誘いはしたのですが、何しろこんな有様で……」

目に見えて動揺する犬貴が何やらおかしかったが、咲耶は笑わぬように気をつけて訊き返す。

「それって、犬貴みたいにハクの“眷属”になってくれるって、こと?」
「あー、そりゃダメだわ、ムリムリ」

答えたのは犬貴ではなく、赤虎毛の犬だった。暗がりで気づきにくかったが、左目には黒い革の眼帯をしている。咲耶の言葉に、おおげさに片方の前足を振ってみせた。

「言葉遣いに気をつけろ、()れ者めッ! ……申し訳ございません、咲耶様」
「だーから、ムリだって言っただろ? 【こいつと同じように】なんて、俺にはできねーな。
だろう? ハクの旦那」
「──先ほども言ったが、私の命はただひとつ。
咲耶を、何をさしおいても護り抜け。それ以外何も求めぬ。
私をどう思おうがなんと呼ぼうが、お前たちの好きにするといい」

きっぱりとハクコが言うのを赤虎毛の犬の隻眼が面白そうにとらえ、咲耶に移った。無言で問われた気がして、咲耶もハクコに同意する。
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