神獣の花嫁~かの者に捧ぐ~
“眷属”が、あのモノたちだけでは不十分だというのなら、明日もまた、探してくる」

じっと咲耶を見つめる瞳の奥に、ひたむきに乞う光が宿り、いっそう強く咲耶のめまいを誘った。
──ハクコの顔が、さらに近づく。

「咲耶、お前のために」
(……っ……キスされる……!)

と、咲耶がぎゅっと目をつぶった瞬間、訪れたのは唇ではなく──ごつんという、額への頭突きだった。

(えぇっ!?)

痛みよりも、衝撃による驚きと自分の勘違いの恥ずかしさに、先ほどとは違う意味でめまいがした。

「私の名を、呼べ。呼んでみてくれ。
そうして、『仮』などではなく、真実の“花嫁”となり、私の側にずっと、いて欲しい……」

しかし、至近距離で告げられるハクコの願いは、拍子抜けしている咲耶の心をまっすぐに捕える。
苦笑いの心境が、すぐさま、せつなさと申し訳なさへと変わった。

「……ごめんね、ハク」

吐息まじりに言うと、びくっとしてハクコが咲耶から身を起こした。咲耶もおもむろに上半身を起こし、ハクコと向き合う形となる。

「なかなか名前、教えてあげられなくて」

──咲耶自身、薄々気づいていた。
毎晩のように、寝言をいい歯ぎしりをする自分。それが、思うようにならないことへの、自分自身へのいらだちの表れであることを。

「ずっとね、夢のなかでは言えてるんだよ? あなたの名前。でもね、いざ、現実で声に出さないで呼びかけてみても……全然ダメみたいで……。
本当に、ごめんね。早く名前、知りたいよね……?」

手を伸ばして、ハクコの頬に触れる。寄せられる眉が、困惑していることを咲耶に伝えた。

「私が名を【知れば】、お前はずっと【ここにいてくれる】のだろう? だから私は、己の名を知りたいのだ。
お前を困らせたいわけでも、悲しませたいわけでもない。お前さえ側にいてくれるのなら、私は、名などなくとも良いのだ」

伸ばした咲耶の手が、ハクコの大きな手に包まれる。
名前が知りたいから、咲耶を必要とするのではなく。咲耶を必要とするから、咲耶をつなぎとめる『手段』として、名前を知りたいのだという。
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