神獣の花嫁~かの者に捧ぐ~
(みたいじゃなくて、ひょっとして私、監禁されてんの……?)

どうあっても開かない戸は、外側から鍵がかかっているとしか思えない。
咲耶は仕方なく、その場に腰を下ろした。

ややして、布の載った漆塗りの盆を手に、男が戻ってきた。

「よびてきたりしハクコのついなるは、これここにあらんとす。ちぎりしものをほっするわがみにおりてたまわらんことを。
カイジョウ」

すらすらと、咲耶には意味の通じない文言を言い連ね、男はなんなく戸を開けた。
呆然としている咲耶の前に、持っていた盆を置く。

「着替えたら、声をかけろ」
「えっ。……あの。……なんでか、訊いてもいいですか? だって私、わけ分かんないし──」
「必要だからだ。早くしろ。刻限までに、時がない」

取りつく島もなく言いきられ、咲耶は二の句が継げなくなった。
しかし、これは咲耶の悪癖だろうが、高圧的な態度をとられると、つい、従ってしまうのだ……。

渡された『着替え』は、着物一式だった。
が、咲耶の知っているそれと、微妙に違っている気が、しないでもなかった。

下着にあたる襦袢(じゅばん)はともかく、その上に着るのだろう物は、飾り気もない白無垢(しろむく)
飾り帯のようなものはなく、ただ着物をはだけさせないための細い帯も、やはり白い。
唯一、一番上に羽織るのであろう打ち掛けに、白地に竹を思わす図案が金の刺しゅうで施されていた。

(着物専用のブラとかショーツ……は、ない、よね……?)

下着の線が出てしまう問題よりもここで下着まで脱ぐこと自体に、かなりの抵抗を覚える。
咲耶は、下着は身につけたまま、それらに着替えた。

「──終えたか。では、ついて来い」

今度は、なんの抵抗もなく開いた戸を不思議に思ったものの、外で待っていた男に、ためらいながら声をかける。

「あの……ええと。私、松元咲耶っていいます。それで、あなたは?」

「……私に名はない」

予想しなかった返答に驚き、咲耶はしどろもどろになった。

「え? 名前がないって……え?
あの……じゃ、みんなは……えーと、あなたの周りの人は、あなたのことを、なんて呼んでいるの?」
「私を呼ぶ者など、たかが知れている。それは……名ではないのだ」
< 6 / 451 >

この作品をシェア

pagetop