神獣の花嫁~かの者に捧ぐ~
犬朗の言葉と共に、咲耶の視界が広がる。
先ほどまではざわめきでしかなかった『宴』に集まった人々の声が、はっきりと咲耶に届き始めた。

検非違使(けびいし)は何をしておる! 早くあの者らを捕らえぬか!」
「尊臣様発案の宴を汚すとは……言語道断でございますな! 即刻、極刑に処すべきでございましょう!」
「物ノ怪も出現しておりまする……。()よう、なんとかしていただけませんかな、愁月殿……」

あちらこちらからあがる非難と怒声を、ひとつひとつ取りあげるように咲耶の耳が正確に拾う。
いままでにない聴力は『眼』と同様に、転々の『耳』によるものだろう。

(──愁月、って……!)

呼びかけられた名前に、咲耶が振り返るか、否か。
他の者とは違い、騒ぎに動じた様子のない声が、咲耶の耳をうった。

「おのおの方、静まれよ。それこそ、尊臣様の御前でございますぞ。
あれは、“眷属”と呼ばれるモノ。
“主”に仕えるモノなれば、いたずらに騒ぎ立てるは、かえって刺激することとなりましょう」

たしなめる口調と声色には、聞き覚えがあった。
“契りの儀”直前、咲耶に命運を諭し、終えたのちに咲耶の進むべき道を示した中年の男。

「──久しいな、咲耶。そなたは未だ、ハクコの名を『呼べぬ』と見える。
して、この騒ぎ、いかにして着けようか?
年端もいかぬ少女ならまだしも、年嵩(としかさ)のいったそなたが起こした振る舞い。
ハクコにも、そこな“眷属”にも、相応の代償を払ってもらわねばなるまいな。

──して、いかにする?」

あの日と同じ、狩衣姿。
眼差しと、得体の知れぬ奇妙な微笑み。

賀茂愁月は、暗に咲耶に対し、自ら捕縛されることを望んでいるのだ。
さもなければ、自分が手にした鎖の先の白い“神獣”と、咲耶の傍らの赤い甲斐犬に、害を及ぼすと。

脅しは、理不尽なもの。
咲耶自身、間違った行いではなかったと考える。

しかし──やり方は、まずかった。

自分の激情と引き換えに、ハクコや犬朗を、これ以上の不当な目には合わせたくない。
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