愛してるからこそ手放す恋もある

「あっいや…さっきは熱くて湯のみも持てなかったんだよ…妻には会社の事は…」男はさっき迄の威勢の良さは消え、別人の様に小さくなって椅子に腰を落とした。

ん…彼女はあの男の妻と知り合いなのか?

「では、お茶の件はもう宜しいですね?」

男が頷くのを見て、その女性は叱られていた女性社員へ何やら労いの言葉を囁いた。

女性社員は彼女に頭を下げ、自席へと戻って行った。

叱られていた女性社員も彼女のお陰で、多少は気は済んだだろう。

「あっそれからこちらの書類確認済みですよね?ハンコが漏れてますのでお願いできますか?」

と、彼女は書類を差し出した。

「あ、ああ…確認済みだ。ハンコねハンコ…」

その男は、あちこちとハンコを探していた。そして男はハンコを見つけると「ったく、誰だこんなとこに置いたのは!?」と言って書類にハンコを押していた。

お前しかいないだろ!?

離れている俺でさえ突っ込みたくなるくらいだ、彼女もさぞかし苛ついてるだろう?と、思っていると、

彼女は「有難う御座いました。ご自宅ではお優しくて素敵なご主人と奥様に聞いてますよ?」と笑顔で言った。

やっぱり知り合いだったか?

「会社でも厳しいだけじゃなく、もう少し部下にも優しくしてくださると、皆も坂下さんを慕い、営業成績もあがるでしょうし、延いては坂下さんの評価にも繋がりますよね?ねぇ、坂下課長?」

男は彼女の掌の上で転がされてるとも知らず、機嫌を良くしたようだ。

そして彼女は営業部を出ようと、入ってきた奥のドアへ向かう中、女性社員達からは、無音の拍手が贈られていた。

部の事を思い必要以上に事を荒立てず、立てるべき者は立て、回りからの信頼も得る。

佐伯か…
良い女だ…




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