副社長は花嫁教育にご執心


「何か歌っちゃおっかなぁ」

湯船につかりながら、ウキウキ呟く。今日は仕事でお客様に接客を褒められ、気分がいいのだ。

そんなわけで、ノリノリの私は最近お気に入りのドラマ主題歌を口ずさみ、最高潮のテンションだった――はずなのに。

「……おい、誰だ。この俺の指示に逆らって呑気にバスタイムを楽しんでるのは」

自分の浮かれた歌声に混じって、不機嫌極まりないといった感じの男性の声が聞こえ、私は状況が飲み込めず固まった。

なぜ、今ここに、男性の声が……?

声のした方に首を動かすと、目線の先ににある浴室の床には、まくられたスラックスの裾から覗く、ごつごつした素足が見える。

そこからおそるおそる視線を上にずらしていくと、ワイシャツ姿で仁王立ちしている男性の姿があった。

艶と束感のある黒髪ショートヘア、涼やかな奥二重の目元、スッと通った鼻筋、シャープな顎のライン。すべての顔のパーツがイケメンの条件を揃えているその人には、見覚えがある。

いや、見覚えがあるというか、何を隠そうこの施設で一番偉い人……って、どうして彼がここにいるの!?

「し、支配人っ! なんでっ! ちょっと! 出てってください!」

我に返った私は思わず手でバシャバシャと水しぶきを飛ばし、浴槽の一番端っこまで後ずさる。


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