副社長は花嫁教育にご執心
「ただの飲み過ぎ。そんなことはいいから、持ってきたんだろ離婚届。貸して? 決心が鈍らないうちに書くから」
「灯也さん……」
そんなにも傷ついた顔を見せられてしまったら、たとえ本当に離婚届けを持っていたとしたって、渡せるはずがない。それに……。
私は肩から下げた自分のバッグの持ち手をぎゅっと握った。
彼は、この中に私たちの夫婦関係を終わらせる一枚の紙が入っていると思っているのだろうけど……このバッグの中にはそんなもの、入っていません。
私からあなたへ捧げたいものは、いつだってたったひとつ。
私は肩からバッグを下ろし、ストンと床に落とした。そして灯也さんを見つめ、思い切ってかかとを上げる。
「まつ、――」
灯也さんの驚く声を、自分の唇でふさいだ。
触れ合う灯也さんの唇は固くこわばっていて、突然のキスに戸惑っているのがわかる。
それでも私は長い間唇を押し付けたままで、この胸に変わらず溢れ続ける、彼への愛情を伝えた。
そのうち、灯也さんの大きな手が私の肩をつかんで、一度体を引き離された。
じっと見つめた先の彼は、観念したように苦笑していて。