副社長は花嫁教育にご執心


うわわわ、絶対、振り向けないよこれ!

おそらく真っ赤に染まっているであろう私の耳に、灯也さんが甘い声で囁く。

「失礼しますとか、お邪魔してます……じゃないだろ」

「え?」

「まつりはもう、“ただいま”……そう言って、ずかずか入ってくればいい」

……そっ、か。ここはもう、私の家でもあるんだ。灯也さんと二人で暮らす、いわば愛の巣。

なんとも恥ずかしい響きだけど、その反面、胸がほわっと温かくなる。

「ただいま……です」

「ん。……おかえり」

ああ、なんだろ、すごく癒される……。昼間のミスのことでささくれ立ってた心を優しく撫でてもらているみたい。ただ、おかえりって言ってもらっただけなのに不思議……。





「見ろ、本物だ」

「初めて見ました。これが婚姻届……」

リビングに移動し、着替えを済ませた灯也さんとともに、テーブルの上に広げた婚姻届を眺める。

「保証人は、まつりの弟さんと……そうだな、小柳(こやなぎ)にでも頼めばいいか」

ああ、小柳副支配人。その名前は私もよく知っていて、顔もすぐに浮かんだ。私は職場でたまに見かける、中性的な顔立ちのメガネ男子を思い浮かべた。

歳は支配人と同じくらいで、これまた仕事の出来る人なのだけど、ちょっと毒舌なところが玉にキズ。なんて、証人になってもらうひとに対して失礼か。


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