副社長は花嫁教育にご執心
「まつり、すぐ着替えられる?」
「……む、無理ですよ。ウエアなんか一度も着たことないんですから」
「だよな。じゃ、まぁできる限りのスピードで」
そうじゃなくて、灯也さん。ドアの外に誰かいると思うと落ち着かないから、もう一度先にゲレンデ行くように言ってよ。
なんで、私が勝手に待ってる彼女に会わせなきゃならないの……。
モヤモヤするうえ、自分の性格の黒い部分が徐々に出てくるのを感じて、苛立ちが募る。
前に遊太に言われたように、このモヤモヤはきっと口に出して伝えるのが一番いんだろうけど……ここまであからさまに私が戸惑っているのに、何も思わない灯也さんの方が今回は悪いんじゃないの?
ねえ、灯也さん。私を大切だと思うのなら、態度でも示してよ……。
不本意ながら急ぎ目に着替えて部屋を出ると、灯也さんを見つけた杏奈さんはぱああっと笑顔になり、私の存在を無視して彼と話し出す。
「今日は灯也も一番上まで行くでしょ?」
「いや、今日はまつりも一緒だから下でゆっくり滑るよ」
「えー。そうなの? じゃあ私もそうしよっかなぁ」
和香子さんの言っていた“したたか”ってこういうことか……。さっきはらはらと涙を流していた人物とは別人みたい。
それでも、“いいから杏奈は上に行ってきな”って、灯也さんが毅然と断ればいいと思うのだけど、彼はあろうことか「ははは」と笑っているだけ。
どうしちゃったの今日の灯也さん……。なんか、いつもの彼と違う。
それとも、杏奈さんのそばにいるときの方が、本当の姿なの……?