幸せの種
美麗は自分の本当の父親を知らない。
母と二人暮らしだったが、中学生になったある日、突然『知らないおじさん』と一緒に暮らすようになった。
『知らないおじさん』は、いつの間にか『お父さん』と呼ばなくてはならない存在になり、年の離れた妹が誕生。
家に帰っても、美麗の居場所はない。
彼女を認めてくれる存在は、初めて付き合った同級生の千尋だけだった。
千尋の家も、お父さんがいない。
小さい頃、離婚したと聞いた。
千尋は美麗によくこう言った。
「俺たちは似ている。親なんていなくても、美麗がいてくれたらそれでいい」
千尋が笑ってくれたら、それでいい。
千尋に嫌われたくない。
千尋から見捨てられるのが、何よりも怖い。
千尋。千尋。千尋。
千尋がずっとそばにいてくれたら、それでいい。
夏が終わり、北の大地には早々と秋が訪れる。
ナナカマドの赤い実が色づき、その実が落ちる前に初冠雪となり。
美麗が自分のお腹の中にいる小さな生命に気づいたのは、ちょうどその頃だった。