見上げてごらん、夜空に輝くあの星を
琴吹と別れ階段を下っていると、外の夕日が西陽となって顔を照らす。この時間の夕日は1日の中で一番強く感じる。それこそ夏の日差しと張り合えるくらいに眩しく、熱い。その光を遮るように手のひらを掲げていると、上履き特有のパチッという音を奏でながら下から上がってくる音を感じた。西日のせいで長くなる影。階段の一番下まで伸びるその影は、下から上がってくるその正体に自然と気づかれる。背中に腕を回し、こちらを伺うその姿は、春乃であった。

「あれ、涼磨?まだ残ってたんだ。何か用でもあったの?」

「いや、まだこの学校のこととか、知っておかないとと思って。移動教室とかいろいろあるだろ?」

「なるほど、探検というわけね」

そう言うと少し子供っぽく聞こえるのは気のせいだろうか。

俺は階段の下にいる春乃の元へと一段一段ゆっくり降る。

「そういえば、さっき先生に呼ばれていたようだけど、なんの用事だったんだ?」

その話題を振った途端、春乃の表情が暗くなる。何か悪いことでもあったのだろうか。

「そのことなんだけど...部員の1人が名前だけだって気づかれちゃったんだ。やっぱり先生は鋭いねぇ。名簿に乗せた生徒のことを良く知ってたみたいなんだ...」

ハハハ、と力のない笑い声をあげるが、その様子には哀愁が漂っていた。

「........」

「涼磨?」

「春乃、本当にお前は天文部を作りたいのか?それを作って何をしたいんだ?あいにく俺はもう星を見ないし、よく覚えていないんだ」

その言葉。それは春乃にとって辛辣なメッセージだったのかもしれない。表情がさらに弱くなる。

「私にとって、星は唯一の希望だったんだ。何物にも変えがたい、大切なもの。星を見れば私みたいな閉鎖的な環境で育った人間でも大海を見れるんじゃないかって。ずっとそう思ってた。でも、涼磨と一緒にみる星は、私の見る世界を変えてくれたんだ。1人じゃなくて2人で見る星は、こんなに素晴らしいものなのかって。だから天文部を作って、1人だけじゃなくてたくさんの人にその素晴らしさを伝えたいの!部を作ることで少しでもその目標に近づけるなら、私は絶対に諦めない!」

春乃は心から叫ぶかのように真剣な眼差しで告げた。しかし、俺も春乃に星を見せてもらったから世界が変わったんだ。どんな別れ方をしようと、それだけは変わらないんだ。

「....そうか」

そして俺はその中に入っているのだろうか。夜空の星の素晴らしさを伝える、その過程を手伝う一員に。共に星を見ることで共感できるものを、俺はこの身を持って知っている。

「そこまで言うなら俺がお前を助けるよ、春乃」

俺は目の前の顔を小さく伏せ返答を待つ春乃にそう言葉をかけた。その直後、暗かった顔がパッと花開いたように明るくなる。

「涼磨....!ありがとう...本当にありがとう!」

「早速だけど朗報だ。もう1人の部員、俺が見つけておいたから。星に興味はないらしいけど、そいつも廃部の危機で困っているらしいんだ」

「えっ... 本当に?」

「ああ、承諾も得ておいた。ちなみに連絡先も」

「ちなみに聞くけど...その子は男子?それとも...」

「あぁ、女子だよ。一年生、同い年だ」

その言葉を聞いた瞬間、春乃の頰が気球のごとく膨らむ。

(今日のこいつ、表情豊かだなほんと。それともこれが本来の春乃なのか?)

「なんでそんな顔するんだよ...」

「なんでもないよ!ありがとうね、感謝してるよ!」

怒り口調で言われても困るんだが。

「そんな風に言われてもな...女心はよくわからん」

「一生そのままでいてくださいな、鈍感主人公くん!」

そう言って春乃は先にスタスタと歩いて前へと行ってしまった。俺は呆れ顔をしつつ、その後を付いていった。

(なんだよそれ...まあ、いいか。)

そして俺は、面倒くさくなって考えることを放棄した。






翌日。登校すると、机に入部届けが置いてあった。その紙には“琴吹恵理”と丁寧な字で書いてあった。よほど嬉しかったのか、朝早く登校してまで渡したかったようだ。

「今じゃなくてもいいのに...」

RINEでいつどこで渡す、と一言言ってくれればすぐなのに、不器用なのだろうか。そんなことを考えてしまう。

横を見ると、春乃は既に学校に来ているようで、カバンが机の横に掛かっていた。

(あいつはもう学校に来てるのか。部活の新設の申請かな。春乃もなんだかんだでせっかちなのか?)

前の席の慎一はまだ来ていないようだ。

というよりも、クラスの半分以上がまだ来ていない。昨日は先生に連れられてみんなが揃っている教室に入ったから、始業前にクラスの中に足を踏み入れるのは初めてだ。正直、昨日が濃すぎてそんな感覚は微塵もない。始業の直前に時間を合わせてくるやつが多いのだろう。

俺だってできれば朝の起床時刻は出来るだけ遅くしたいが、どちらにしろ眠気に抵抗するあの魔の時間は必ず襲ってくるのだからとあまり気にしないスタンスだ。それに、朝の始業直前の通学路は生徒でごった返し、いるだけで気分が良くない。友人と待ち合わせしていく、とかならば話はまた変わるのだろうが、あいにく俺は昨日転校して来たばかりの新入りだ。一緒に登校するという高いハードルを超える勇気もないし、いたとしても慎一くらいだろう。男友達ができて本当に良かったとは内心ずっと思っているが。

HRが始まる10分前を切ると、徐々にクラスに生徒の数が増え始めた。その人数を数えて暇を潰しているうちに、慎一が教室に入ってきた。

「おい涼磨、聞いたぞ〜女子を部に勧誘したんだってな。お前もなかなか隅に置けないな!」

「お前もか、慎一。別にそんなんじゃないって。部員が必要だって聞いたから勧誘しただけで、たまたまその相手が琴吹だっただけだ」

「分かってるさ。なんの用事もなく涼磨が女子に話しかけられることなんてないって昨日一日で察してるさ。でも良かったじゃないか、なんとか発足最低人数に達してさ。坪倉も喜んでいるだろ」

「なんかその言葉微妙に棘を感じるぞ。確かにそうなんだけどさ。ま、乗り気じゃないなりに俺も頑張るよ」

「乗り気じゃないなんて言って、何だかんだ部員を勧誘したりお前も実は結構乗り気なんじゃないのか?」

ハハハっと笑うその姿に一瞬イラッとしながらも、こうして気兼ねなく会話できる関係が学校にできただけでも以前とは雲泥の差だし、感謝しなくてはいけないのかもしれない。

部活だって本当なら入るつもりもなかったし、一度教壇に立ってクラスメイトの顔を見てからは、何か自然と自分でハードルを下げた。転校したら変わるんだと息込んでいた割には、随分と志が低くなったものだと自嘲する。


「そういえば、入部届け書いてきたか?俺は書いてきたけど」

そう言ってカバンから入部届の用紙を出して俺に見せてくる。

「ああ、ちゃんと親のハンコももらってきたよ」

母親に部活に入ると伝えたらニヤニヤと見つめられて気持ち悪かったが。部活に入るだけで親のハンコが必要なんて高校生という身分は難儀なものだ、と思った。

「多分春乃は職員室で申請書類とかそういったことでいろいろ松代先生と話し込んでいるんだろうな」

「その本人が帰ってきたみたいだぞ」

「お、春乃。おはよう。どうだったんだ?」

「おはよう、涼磨。ちゃんと正式に許可もらえたよ!いろいろありがとうね!」

「俺は何もしてないって。ほら、俺たちちゃんと入部届けを書いて持ってきたから」

はい、とその紙を手渡すと俺たちの顔を見渡して

「ありがとう!今日から部室使っていいらしいから、天文部の!」

慎一から聞いた話だが、もともとこの学校には天文部が昔あったらしく、人数不足で廃部になったらしい。部の発足だって、新規なら6人必要なのだそうだが、部を復活させるという形なら4人で良いのだそうだ。そのおかげでこうして天文部を作ることができた。

ずっと放置されてたそうだが、天文部が使っていた部室はまだ残っているようで、掃除したら自由に使っていいそうだ。

「じゃあ、放課後にまた話をしようね!」

その言葉とともに、松代先生がドアを開けて入ってきた。

「おはよう、HRを始めるぞ〜」


その言葉とともに、俺たちは前を向いた。







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