見上げてごらん、夜空に輝くあの星を
天文部発足
午前中の授業を消化した俺たちは、真っ先に部室へと向かっていた。というのも、今の天文部部室はとても使える状態ではなく、大掃除が必要だというのだ。まぁそれだけではないのだろうが。とにかく2学期がもうすぐ終わるというこの時期に、はやく片付け置いた方が後々良いだろうということで、グループトークで春乃から間接的に送られてきた。昨日の今日でもうグループを作っているというのはなんとも抜け目ない。

土曜日の授業は午前だけで終わりなのだということを今朝知ったというのは内緒の話だ。内心教えてくれなかった慎一、春乃に微かな怒りを覚えたものの、その時その時の授業科目しか聞いていなかったのだから文句を言っても仕方がない。

弁当も母親に作ってもらってから朝出てきたのだから、本来は無駄な労力をを使わせてしまったというべきなのだろうが、午後部活があったのだから結果オーライとも言える。

「そういえば、慎一は弁当持ってきてるのか?」

「いやーこっちも結果オーライなんだが、今日が平日だと勘違いして弁当持ってきてしまったんだよな。朝父さんがいたから違和感があったんだが、そのままスルーしたわ」

「とは言っても午前授業っていうのはなんだか気分が良いもんだな。程よく短くて朝から来てもモチベ保てるし」

「本当は休むべき日なのにな、土曜日っていうのは。学生から週休1日を刷り込ませる政府の陰謀ってか?」

おいおいそれは言い過ぎだろう、残念ながら否定できる材料を持ち合わせていないのがなんともアレだが。

「2人とも、こっちだよ」

春乃の背後をついて来ていたつもりだったのだが、雑談に興じていた俺たちはなぜか通り過ぎてしまったようだ。

と、引き返そうと踵を返した直後、廊下の先から駆け足で駆けてくる影を見つけた。

近づいてくるやいなや、その影の正体は大きな声を俺たちの耳に向けて発する。

「ひどいじゃない!わざわざ教室まで迎えに行ったのに、もぬけの殻なんて!まさか...!私だけ置いて行こうって魂胆ね、そうはいかないわよ!」

「おいおい、勝手に話を飛躍させるなよ...そもそもグループトークできちんと“4階天文部室前で集合”って伝えたはずだろ?」

その言葉を聞いた瞬間琴吹はアッと間抜けな声を上げながらさっきまで見ていたであろうスマホの画面を除く。既読がすぐについたことを考えると、ちゃんと読まないで飛び出して来たのだろう。

「そ、そうだったかもね!もうその話は終わりよ、というかここが部室なのね」

ドアノブを掴んだままこちらの様子を伺っていた春乃はこちらが一斉に頷いたのを見て、ガチャッとそのドアを開ける。

その先に広がっていたのは....


「倉庫じゃん....」

そんな一言が反射で口から飛び出すほど、物で溢れ、埃がかぶる部室の中身であった。










「おいおい...こんなに汚いのかよ...」

はじめにそんな声をあげたのは慎一だった。

「ま、まぁ昔はここが部室として使われていたっていう事実があるわけだし、片付ければなんとかなるよ!」

春乃はその惨状(?)を見ながらも気づいていないような仕草を見せて、励ます言葉をかける。

「俺引っ越してきたばっかりでまだ家の片付けも終わってないのに....これも片付けなくちゃいけないのか...」

琴吹は固まっていたが、ハッとなって俺らを見渡しながら言う。

「し、しのごの言ってないで片付けるわよ!こんなの4人でやればチョチョイのチョイよ!」

「....そうだな、話していないでさっさと始めよう」


かくして、正直あまり乗り気になれないような大掃除が始まった。

(ここを片付けない限りどうしようもないしな...)




1時間ほど経っただろうか。窓を開けつつ片付けを進めていると、ようやく床が見えてきた。それまではダンボールの山と埃にまみれていたのだから大進歩といえよう。

ダンボールを開けて道具類の必要性の有無を確かめることを兼ねて中身を出していると、なにやら色が抜け落ちた物体が目に付いた。

「うん?これは...」

それは大きめな箱であった。それもダンボールに入れるにしては不自然な程の。

「何が入ってるんだ...?」

持ち上げてみると、ズシッと腕にくるような重さがあった。

「結構重いな。なんだろう」

箱の淵に指を入れて開けてみると、その中には天文部が、いや、天文部しか使うはずのない、特別な物が入っていた。

「おい、春乃....!」

「え?どうしたの、涼磨?」

「これって...」

箱の下部を手のひらに乗せて春乃にそれを見せると、春乃も同様驚きの顔を浮かべた。

「これは...昔の天文部が使っていた投影機....ね」

そう、それは、高校の天文部では普通見られないようなプラネタリウムの投影機であった。

「しかもこれ、自作だぞ?ところどころに市販品では絶対に見られないズレがあるし、接着剤の跡もしっかりと残ってる。おそらくこれは一から手作りで作ったものだ」

「マジかよ...それはすごいな。一体いつ作られたものなんだ...?」

「それはここに....“県立湘南鳴風高校第41期生”って書いてあ...れ?」

「どうしたの?」

俺が驚きの声を上げると、その様子に怪訝な表情を俺の視線の先に被せてくる。

「これは....」

その後に続いていたのは、驚くべき名前であったからだ。

「西原裕美....」

そこに書いてあったのは、確かに部員全員の名前であった。しかし、その中で一際目を引いたのは、俺の”母親の名前“であった。

「それって知ってる人なの?」

苗字が違うからピンとこないのも当然だが、間違いなく俺の母親の名前と同じだった。

「これは知っているどころかウチの...」

話を聞いていた全員が察したように表情を変える。

「俺の母さんの名前だ。でもなんで...?」

「やっぱりそうなんだ。じゃあつまり、それは涼磨のお母さんが作ったものなのね」

「多分そうだ...というより間違いない。慎一、その棚に入っている41期生のアルバム取ってくれないか?」

「お、おう」

戸棚にあったのは最初に部室に入ってきたときに気づいていた。41期生のアルバムの中にその名前が載っていたらビンゴだ。

棚から取ったアルバムを受け取り中をみると、やはり母さんの顔写真があった。部活動のページにも鮮明に名前が載っている。

母さんは天文部の話など一度もしてくれたことなどなかったから、少しばかり度肝を抜かれてしまう。

というより、母さんは関西の大学である”阪西学院大学“に通っていたという話もずっと聞かされていたから、俺はてっきり出身が関西だと勝手に思っていた。

(ああ、でもそう考えると納得か。)

父さんもこの高校に通っていて、母さんとの出会いはここだったのだから。父さんは今でこそ野球好きだが、昔はサッカーに没頭していたそうだ。たとえ母さんがこの高校に通っていたとしても、天文部に所属していたなどという運命的な事象はなかなか起きないだろうとタカをくくっていたはずだ。

だから春乃との思い出が詰まった天文関連の箱も捨てずに取っておいたのだろうか。

「ちょっとこのことを後で母さんに聞いてみるよ、この投影機のこと。それに、これの使い方とか色々聞ければ今後の活動に生きてくるかもしれないし」

「涼磨...!そこまで乗り気なんだね!」

「え、いやそういうわけじゃ.....」

「言わなくていいよ、私は分かってるからさ!」

「いやだから....」

もうこうなると何を言っても意味がなさそうだと勝手に解釈して目を背ける。


(春乃...全然わかってないよ...)

そう思ったことは口に出さないことにした。
< 13 / 41 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop