見上げてごらん、夜空に輝くあの星を
新学期
「おはよー」

何日かぶりのそんな挨拶が飛び交ったのは、年が明けて10日が過ぎた頃だった。通常授業が再開し、これまで休んでいたのに顔に疲れがあるものもいた。

(あぁ...そういえばサッカー部かなんかが新年初詣とか称して地獄の神社階段ダッシュとかなんとかをやっていたな)

その男子生徒が持つショルダーバッグには高校名にプラスしてサッカー部と書いてあった。ビンゴだ。

それにしても神社で階段ダッシュとかこの時期に迷惑極まりないよな。参拝する人もいるだろうに。早朝であまり人が少ない神社を選んでいたし、ラッシュと微妙にずらしていたからできるのだろうが。

「おう涼磨、おはよう」

そんな他人事のように考えていると、おはようの1つが俺へと回ってきた。

「おうおはよう。久しぶり」

久しぶりといってもつい10日前に会ったばかりだが。

「今日始業式のはずだよな?なんで終わった後授業あるんだよ...どう考えてもおかしいだろ」

慎一がそう愚痴を零すが、あいにく俺もそれに関しては同じ思いで、始業式の後に授業があると言う現実を許しがたく思っている節はなくもない。

「まぁしょうがないだろ。ウチは私立じゃないんだから色々日程やなんやらが押しているんだろ?」

それならもう少し始業式を早くすればいいのではなどという考えが浮かんでくるが、それだと元の木阿弥だ。これでも学校側にとって最大限の気遣いなのかもしれない。などといった邪推もしてみる。

「でも始業式10時からだからいつもよりなぜか得した気分になるよな」

そう、朝の1時間は金に換えられない尊いもので、それだけあれば大きな満足感も得られるのだ。あと5分、というのは良くでてくるが、あれは確かにそうだと毎朝起きる時に感じるものだ。


「まあな。それにしても春乃が来てないな」

教室の掛け時計を見ると、時刻は9:25を指していた。生徒の集合時間は9:30だから、少し心配にならなくもない。

「あいつに限って寝坊とかそう言った類のものはないだろ」

そんなことを慎一が言った瞬間、開いていたドアから春乃が入ってきた。

「おはよー」

「おはよう春乃、遅かったな」

「ちょっと野暮用でね。いろいろ天文部の部室に持って行かなくちゃいけないものがあってさ」

「言ってくれれば手伝ったのに...」

荷物というとそれなりに大きなものを想像してしまい、そんなものを持たせていたと思うと少し心が痛む。

「あ、大丈夫だよ?全然重いものじゃないから!」

そんな俺の心境を察してか、慌てて補足する春乃。

「そう、それならいいんだけど」

それでも少し心が軽くなったと思うが、今度からはそういった力仕事があれば俺たちに言って欲しいと思った。


「あけましておめでとう。HR始めるぞ〜」

会話が切れかけたと思う直前、担任の松代先生が教室へと入ってきた。始業式前のHRだ。









始業式はつつがなく終わり、教室に戻ると担任はそのまま帰ってこず、結局流れで昼休憩ということになった。式の前に何か言ってくれれば良かったものの、何も伝えなかったのはミスだろうが。

「午後の授業一発目は体育か...あ、そういや拳法?だったか。道着とか必要だから早めに行かなくちゃいけないんだよな」

食べ終わると慎一は午後の授業のことについて話し始めた。道着が必要なのは当然だが、俺は持ってきていない。もちろん目立ちたくないというのもあるが、経験者だと思われるとなにかと面倒なのだ。いろいろ授業の手伝いをさせられたり、前に出て技を披露させられる公開処刑を受けたり。これは予想だが、そんなことはまっぴらごめんなのだ。

「おし涼磨、一緒に取りに行くか〜」

こいつは結局自分の意思ではなく俺が拳法だからという理由でこちらを選んだようだ。そんなことしてどうなっても知らないぞ。後悔しても俺は責任取らないからな。そして俺は重い腰を上げて慎一の後を付いていった。










「よーし。今日から武道の授業だ。ここのクラスにいる者は拳法だ。違うというやつはいないな?」

拳法か...何年ぶりだろうか。思い出してみるとあまりいい記憶というものは存在しない。というよりいい記憶などない。ただ体を強くするため。ただ自らの身を守るため。はたまた、誰かを守るため。そんなのは分かっている。自分にとって必ず役に立つものになるということだって重々分かっていた。しかし、あのときはまだ幼くただ嫌な訓練をやらされていたに過ぎなかった。だからこそ俺には拳法というものにいいイメージはなかったのだ。それは多くを悟った今でも変わらないことだ。

だからこそ、拳法を選んだのはただ授業程度なら苦に感じることはないだろうとそんな風に思っていただけで選択したのだが...

「まずは自己紹介だ!俺は土方雅信、34歳だ。よろしく頼む!」

(うわぁ...なんだこの熱血教師。こんなのが公務員になっていいのか?)

顔を軽く痙攣らせながらそんな風に思ってしまった。ほんとごめんなさい。

「今は拳法の担当をしているが、昔は柔道で全国大会にも出場したこともある。まぁ俺の紹介はこれぐらいでいいだろう。まずは授業内容についてだが...今日から8回の授業を経て武道大会というものに向けての練習を行う。武道大会というのは、クラスから3人が代表してメンバーを選ぶんだが、それはクラス全員で決めて欲しい。拳法といっても少林寺拳法に近いもので、そこまで激しくやるつもりはない。俺からはこれくらいだ。では2ヶ月間よろしく頼む!」


長々と説明されて途中から聞いていなかったのは内緒の話だが、つまりクラスから代表が選ばれて行う大会があって、それのために練習を行うと。いやそれ少数しか意味ないじゃないか、などと思ったが、しっかりと授業内で評価をやって成績なんかに反映するのだろう。それでもやる意味はそこまで無いのではと思うが。

週一の拳法だが、自分からやりたいと思うやつはいないだろう。いたとしても極少数だ。いや、実はいるのかもしれない、俺が拳法というものに良い印象がないからそういった風に補正されてしまうだけかもしれない。

目の前の熱血体育教師に静かな冷たい目線を浴びせつつ、授業へと入っていった。
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