目を閉じたら、別れてください。

「……あんま咳すんなよ。過呼吸になる」

二階の喫煙スペースに連れていかれた。三人ぐらい並んで立てるぐらいの小さなテラスに、綺麗な灰皿とテーブルが一つ、ぽつんと置いてあるだけ。
 
彼がくれたハンカチで口を押さると、面倒くさそうに髪を掻きだした。

「なんか腑に落ちないって言うか、元気ねえって言うか、おかしいなって思うことは沢山あったんだよ」

私に近づくので、テラスに身を乗り出して顔をそらす。
逃げたかった。

「俺は、なんかまた桃花のことを見落としてんの?」

その言い方に少し私も違和感を覚えて振り返る。
すると彼の眼にも迷いがあった。迷っていて、どうしていいのかわからないって顔をしている。

――この時やっと、彼も同じ人間で完ぺきではなくて、こんな隙を見せてくれる人だとわかった。

「……私の好きな漫画が実写化されたの」
「お。おう?」
「そのヒロインが、……進歩さんの元カノって聞いたから」


嘘。いや、嘘ではない。でも、嘘。
本当のことを言えば、面倒くさそうな顔をする。
でも機嫌を取ろうとする。私はそれが嫌だった。

「はあ? 元カノだからってなんだよ」
「ご両親に反対されて別れたって聞いた」
「はあ? なにそれ、全くの誤解だ」

彼は煙草を取り出そうとして、思い出したかのように手を止めた。

「そんなことでお前が不安がる必要はねえけどさ」
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