Shine Episode Ⅰ


神崎光学の立派な社屋に圧倒されながら、水穂は籐矢のあとについて本社に足を踏み入れた。

会社の顔と言われる受付には、目を引く美人が座っていた。

さすが大企業、美人をそろえているわね、と水穂はそんなところに感心した。

ところが、そのあと水穂の眉が吊りあがることが起こった。


受付に近づく籐矢の全身を、ふたりの受付嬢は見定めるように眺めた。

顔に笑顔を貼り付けているが、品定めでもするような目である。

確かに籐矢はサラリーマンとは言いがたい風貌である、けれど、来客にたいしてあまりにも失礼な態度ではないか。

水穂は、自分もさきほど籐矢を同じように眺めたことも忘れて、受付嬢へ不快感を持った。



「神崎です。社長と会う約束をしている。取り次いでもらいたい」


「恐れ入りますが、お名刺をいただけますでしょうか」



籐矢が胸のポケットを探るが、忘れてきたのかなかなか名刺が出てこない。



「まさか、ここで名刺を出すとは思わなかったからなぁ……」



独り言をいいながらポケットを探るしぐさは、怪しい人物と見えなくもない。

名刺もないのに社長に会おうというのか、とでもいうように受付嬢の目はいぶかしんでいる。

警察手帳を示して身分を明らかにしたら不審者でないことを証明できるのに、それはするなと籐矢に言われている。

もどかしい思いを抑えられず、水穂は籐矢の前に出た。



「11時に約束をしています。遅れたら困ります、確認してください。

もう一度言います、11時に社長にお目にかかる約束です」



受付嬢に抗議するように水穂がすごむ。

水穂の勢いに驚いたのか 「少々お待ちくださいませ」 というと、受付嬢はあわてて電話をとった。

もごもごと口ごもり、いつもなら完璧にこなすだろう対応もしどろもどろである。



「申し訳ありませんが、もう一度お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか」


「神崎です」


「神崎様ですね。少々お待ちくださいませ」



最初に名乗ったでしょう、聞いてなかったの? 

神崎という名字を聞いて、なにも思わないの?

神崎よ、神崎、神崎光学と同じ名前よ、まだ気がつかないの?

あーもぉ!

水穂の怒りは爆発寸前だった、が、苦笑いの神崎の顔が目の端に入り、どうにかこらえた。

そのときだった。



「兄さん」


「よぉ、征矢、久しぶりだな」


「社長は会議が長引いている。少し待ってもらえるかな」


「親父も忙しそうだな」



良く似た声の二人だった。

声だけでなく、目のあたりから鼻筋にかけて、実に良く似ている。 

細身な分だけ征矢の方が小さく見えるが、背丈はほぼ同じ、メガネをかけたらそっくりだろうと、水穂は二人を見比べていた。

籐矢と征矢の親しいやり取りを目にした受付嬢は、口をあけたまま驚いた顔で立ち尽くしている。



「社長への連絡はけっこうです。兄は僕が案内します」


「神崎様、大変失礼いたしました」



しゃちほこばった受付嬢二人は籐矢へ深々と頭を下げた。

身を縮ませる彼女らに軽く手を挙げた籐矢は、「ありがとう」 と気さくに声をかけてその場をあとにした。


水穂は足取りも軽く、長身の男二人の後をついていく。

神崎兄弟の背中を見ながら、失礼な受付嬢に一矢報いたと爽快な気分になっていた。

すれ違う社員はみな、立ち止まって征矢に一礼をしていく。

社員のまなざしと慇懃な姿勢は、征矢が後継者であることを物語っていた。


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