Shine Episode Ⅰ
心地良い酒ではあったが、さすがに飲みすぎたと振り返りながら、今朝の籐矢は気だるさを伴う体をまだベッドに横たえていた。
そろそろベッドを抜け出さなければ仕事に遅れると思いながら、昨夜のひと時を思い返す。
懐かしい顔と親しい顔、気を許せる相手と交わす酒の味は格別だった。
ソニアとリヨンで一緒に過ごした日を懐かしみ、本部にいる同僚達の近況を聞いては、充実した日々を過ごした頃を思い出して話は尽きなかった。
籐矢とソニアは、男と女だった時期もある。
やりきれない思いを抱えたまま赴任した籐矢を、黙って受け入れてくれたのがソニアだった。
そんなことから、籐矢がソニアに持つ親しみはほかの誰より特別だった。
途中から参加した潤一郎と紫子に、なぜ水穂は一緒ではないのかと聞かれたが、プライベートまで束縛できないよと答えるにとどめた。
ソニアも、なぜ水穂を誘わないのかと籐矢に聞いてきた。
昨夜はソニアとゆっくり話をしたかった。
水穂が邪魔なわけではないが、二人の間に入り込んで欲しくなかった。
コンコンコンと、控えめなノックの音が聞こえた。
「ひろさん?」
「はい、おはようございます。お食事の用意が出来てますよ。そろそろ準備をなさいませんと……」
「おはよう。朝早くから来てくれたんだ、ありがとう。今行くよ」
気だるさを抱えながらも優しい挨拶をする籐矢を、三谷弘乃はいたわるように声をかける。
「昨夜、紫子さんからお電話を頂きまして、籐矢さんがかなり酔っていらっしゃるので、明日の朝お願いしますと……
珍しいですね、そんなにお飲みになるなんて」
「フランスにいたころの友人が来日してね、懐かしくて、ついね……
潤一郎も世話になった人だから、アイツらも誘って飲んだら、飲みすぎた」
「そうでしたか。水穂さんもご一緒で?」
「いや、昨日は一緒じゃなかった」
誰も彼も、「水穂は?」 と、なぜ聞くのだろうかと籐矢は不思議に思った。
仕事の上ではパートナーだが、いつもいつも一緒に行動するわけではない。
だが、今になって思えば、水穂も誘えば良かったと籐矢は少し後悔もしていた。
自宅前に降ろした水穂の顔が、おいてけぼりをくったように寂しげに見えたからだ。
ソニアにばかりかまっている籐矢へ不満を持っているだろうことにも気がついていた。
弘乃が家から用意してきたのか、テーブルの上には粥と籐矢の好物の糠漬けが並んでいる。
酒の抜けない体にありがたい食事であり、弘乃の気遣いが嬉しかった。
明日か明後日、三人で食事をしようと水穂を誘ってみようかと、弘乃の丹精込めた朝食をとりながら籐矢は考えていた。
二日酔いのむくんだ顔を気にしながら出勤すると、庁舎に入る前に水穂の携帯がメールの着信を告げた。
栗山からデートの誘いだった。
「私だって栗山さんと楽しむんだから。神崎さんなんてどうでもいいんだから!」
またも独り言を言いながら、即座に返信する。
『明日は大丈夫です。栗山さんに聞いてもらいたいこともあるので、楽しみにしています』
籐矢へのあてつけでデートの誘いを受けたとは知らない栗山が、携帯片手に小躍りしているとは、鈍い水穂には想像できないことである。
それぞれ、様々な思いを胸にした一日がはじまった。