君と一緒に恋をしよう
#25『消しゴム』

 生徒会室の扉が見えた。先輩が扉を開けて、先に私を通してくれる。

 立木先輩がそれに気づいて、にこっと笑って出迎えてくれた。

「全員揃ったかな? じゃあ始めよっか」

 生徒会の役割分担は、体育祭の時とほぼ変わりなかった。部活からの出向役員さんと、クラス選出の総務が、それぞれの仕事を受け持つ。

 校内の見回り当番、体育館と武道場の出演管理、救護班と本部テント、体育祭の時と比べると、慣れもあるせいかあまり負担には感じない。

 だけど、クラスの当番もあるから、スケジュールの調整は必要かもしれないな。

 生徒会室に入ってきた時の流れで、私は上川先輩の隣に座っている。

 ここに入って来たのも一番最後だったから、そこしか空いてなかったのが主な理由で、市ノ瀬くんはさっさと一人で奥の方の席に座っていて、本当はもっと色んなことを話し合わないといけないのに、どうしてそれが分かってくれないんだろう。

「悪い、ちょっと消しゴムかして」

 そう言われて、筆箱から消しゴムを差し出す。

 渡す時に、少し指先と指先が触れあって、だけどこれは単なる事故だから、私も気にしないし、上川先輩も気にしない。

 戻された消しゴムは、この人に使われちゃったんだな、また使ってくれないかなって思ってる。

 そうしてくれると、私もうれしいし、なんか楽しい。

 急にその消しゴムが愛おしくなって、握りしめようかとも思ったけれども、また使われる可能性もあるから、そのままにしておく。少し自分で自分に笑ってしまった。

 生徒会総務としての役割分担表と、その希望を記入する用紙が配られてから、解散となった。

 私が声をかけるよりも早く、市ノ瀬くんが部屋を飛び出していく。慌てて追いかけようとして、彼が教室に部活のバッグを置いてあったことを思い出した。

 一度教室に戻るのならば、そんなに急がなくても間に合う、後で追いかけても追いつくだろう。私は一旦、椅子に腰を下ろした。

「市ノ瀬の相手は大変?」

 上川先輩が言った。

「あいつ、あわてんぼうで忘れっぽいかもしれないけど、結構真面目だし、しっかりするところは、ちゃんとしてるよ」

 そう言われて、私はため息をつく。

「そうかもしれないですけど、私にはきっと、合わないんだと思います」

 自分の口から不意に出たその言葉に、言った自分が自分で驚いた。そうだ、きっと私がずっと彼に感じているこのモヤモヤは、それだ。

 上川先輩は、その後も彼に対するアドバイスを色々とくれたけど、どれも私の頭には一切入ってこなかった。

 サッカー部部長の上川先輩の立場と、単なるクラスメートで、偶然的に一緒に面倒な役割を押しつけられた私とでは、全然違う。

 先輩の話す彼の話を聞いていると、その違いにますます気が遠くなりそうだ。いい奴だとか、意外と面倒見がいいとか、気配りができるとか、そんなのは知らない。

 先輩は、私の頭上でため息をついた。

「困ったことがあったら、なんでも相談しろよ、俺も学祭が終わるまでは、しょっちゅう部室に行くから」

 その気遣いにお礼を言って、先輩と別れた。

 私の知らない彼がいる。

 早く教室に戻らないと、私は市ノ瀬くんと、役員の係りの分担を話し合わなくちゃいけない。

 教室をのぞいたら、彼は部活に行く準備をしていた。残って作業をしていた奈月と話している。

 奈月も部活に行かないといけない時間だ。途中まで一緒に行くのかな。

 廊下から教室へと入る、その段差を一段上がる。

 奈月となんの話しをしていたのかは知らないけど、二人はきゃあきゃあ騒いでいて、彼の言った何かの冗談に、奈月は笑ってその腕に触れた。

「あのさ、学祭の当番のことなんだけど」

「あぁ、何でもいいよ、適当に俺の分も書いて出しといて」

 彼は部活のバッグを持ちあげた。

「おい、奈月、行くぞ」

 いつの間にか、彼は奈月を下の名前で呼ぶようになっていて、二人で何かを楽しそうに言い争いしながら、競うように教室を飛び出していく。その声は、廊下にまで響いていた。

 私は自分が手にしている当番表と、彼が残していった同じ当番表を見た。

 私とは、こんな大事な話でも、一緒に出来ないのに。

 クラスでの当番表と見比べながら、私は自分の分と、彼の分の総務役員表を見比べる。

 そういえばいつか、公園掃除の当番表を合わせたことがあったな、結局何の役にも立たなかったけど。

 私は、ペンを手にとった。私が私に都合よく、何もかもを決めてしまうのは簡単だった。

 だけど、そんなことをするのに、なんの意味があるんだろう、合理的に、簡潔に、かつ上手く全体が回るよう、私に課せられた課題は、それ以外に何もないのだ。

 最初の枠に、『市ノ瀬』と書いて、やっぱり消した。そこに自分の名前を書きつける。

 それを規準にして、きちんと全体に分散するよう、誰が見ても完璧に計算された当番表を作り上げた。

 私と市ノ瀬くんには、どうしても生徒会の仕事が入ってくるから、その分クラスの当番には入りにくくて、どうしても回数が少なくなってしまう。

 それを補いつつも両立させようと思うなら、二人を交互にさせるしかない。

 時間と必要人数で区切られた枠に、順番に名前を書き込んでいく。

 完成したのは、私と市ノ瀬くんの二人だけの名前が、互い違いに入った当番表だった。

 それを教室の後ろに張り出す。

 後は、クラスのみんなが自分たちの都合に合わせて、同じ回数を入るようにかき込んでいけば、自然と完成する。

 私は、朝からずっと考え続けていた、今日しなければならないことの全てを終わらせて、家に帰った。

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