白黒つけて、華
01章 ブランの平和は崩れ去った
俺のこれまでの人生は、決して良いものとは言えない。
授かり婚だと囃されてきたが、結局は望んで出来た子では無い俺を、母親はすぐに見放した。
ある日突然、家にある金目のものをほとんど持っていき、判を押した離婚届と俺を置いて、母親は蒸発してしまった。
原因はほぼ母親にあったが、家事や育児のほとんどを任せて仕事にかまけ、ぼけっとしてた父親も悪い。
しばらくはわけがわからなくて悲しくて、母親を求めて泣いていたが、いつまで経っても戻ってこない母親に対し、俺は怒りを覚えた。
周りからも、お前の母親はひどいやつだ、あんな女はいない方がいいんだなどと言われていた為、幸い俺は自分が悪い子だから母親が出て行ったんだなどと自分を責めるような行為はせずに済んだ。
精神的に幼いバカ女が、責任能力も無いクソ女が、俺たちから逃げたのだと吹っ切れる事が出来た。
まあ、なんやかんやあって、俺が小学校を卒業する頃には、父親も等々諦めたのか、別の女と再婚するとか言い出した。
全く知らない女が俺の母親面をするのかと思うとゾッとしたが、家事が全く出来ない父親と俺がいるせいでほぼゴミ屋敷化した家を、劇的に変えてくれる存在と考えると、それほど悪い気はしなかった。
まあようは、ちょっと世話焼きでうざい家政婦と思えば、我慢出来るだろうと思ったのだ。
ありがたい事に、女はなかなかに美人だったし、家事も出来るし、料理も上手かった。
それに、ズカズカと俺の領域に踏み込んで来なく、適当な距離を保ち、俺に深く干渉して来なかった。
母親面もする事は無かったので、適当に愛想よくして、俺が自立する日まで面倒みさせればいいやとか思ってた。
でも、俺の人生計画は、あの瞬間に崩れ去った。
女に家族を紹介すると言われて会わされた、一人の女子高生。
女には連れ子がいたのだ。
行儀よく頭を下げ、何の壁も無い爽やかな笑顔を俺に向けた。

「はじめまして、白石春都(はると)くん。凛華(りんか)と言います。これからよろしくね」

その名に相応しい人だと感じた。
俺は、これから姉になる人に、恋をしてしまったのだ。


*****


あの日から一年とちょっとくらい経って、俺は中学二年生、姉さんは大学二年生になった。
俺の荒んでた十二年はなんだったのかと思うくらい、今は幸せいっぱい、順風満帆な日々を送っている。
家族はみんな仲が良く、家はキレイで、美味しい料理も食べれて、何も文句は無い。

「ええっ、出張!?」
「ああ、そうなんだよ。ずっと前から言われていたんだ。○○県なんだけどな」
「○○県なんて……。遠いじゃない」
「ええそう。だから、お母さんもついていこうと思ってて。凛華ももう大学生だし、お母さんがいなくても大丈夫でしょう」
「そんな勝手な……」

ここに来て、突然父親の出張。しかも義母さんも父親についていくって言ってる。
それは戸惑うだろう。
だが、俺は心の中で全身でガッツポーズを決めていた。
姉さんと二人きりで数カ月。
どんなプレゼントよりも嬉しすぎる。

「ハルだって困っちゃうよね?」

姉さんが振り返って俺に同意を求めてきた。
俺は、少し困ったように言った。

「俺も、父さんたちがいなくなるのは寂しいよ。でもさ姉さん。父さんは俺たちの為に、行きたくも無いところに行って仕事するんでしょ?だったら、俺たちもちょっと我慢しなくちゃ」

どうよ、この完璧なまでの純粋無垢、良い子オーラ全開の俺。
思わず抱き締めたくなるくらいだろう。
だけど釣れたのは父親だった。

「春都ぉぉ!お前はなんて良い子なんだ!いつからそんなに良い子になったんだよぉ!」

やめろ離せ。お前の抱擁なんか望んでいない。早くどっか行け。
俺が良い子なのは処世術だ。姉さんに気に入られる為だ。バカ親父。

「春都くん、ごめんなさい。あなたには寂しい思いをさせてしまうけど、この人、放っておくと死んじゃいそうだから」

知ってる。親父は家事全般が出来ないので、放っておくと食事はしないし部屋は片付けないし、ヘタすりゃ風呂にも入らない。
こんな生活能力ゼロの男を放置し死なれたら、俺の今後の生活に支障をきたすので、義母には是非ともついていってもらわなければ困る。

「春都くんがこんなに理解ある事を言っているのよ。凛華もわかってちょうだい」

シュンとしてしまった姉さんは、チラリと俺の方を見た。
俺は背後に小花でも散るような笑みを返した。

「大丈夫だよ姉さん。家事なら俺もちゃんと手伝うし、それに、姉さんがいるから俺は寂しく無いよ」
「ハルーっ!」

感動した姉さんが俺の頭を自身の豊満な胸元に沈めた。
グッジョブ俺。
っていうか未だ背中にひっついてる親父は早く離れてどっか行け。そして稼げ。
そんなわけで、俺と姉さんの二人きりの生活が始まった。
両親を見送った後、閉まったドアを見つめたままの俺の頭に、姉さんの手がそっと乗った。

「やっぱり寂しい?」

俺は隣にいる姉さんの腕をぎゅっと抱き締め、姉さんを見上げた。

「姉さんがいるから寂しく無いよ。それに、いっぱい甘えても怒らないでしょ?」

フフッと姉さんが柔らかく笑った。

「お母さんたちがいると、もう大きいんだからって言うもんね。私も、ハルがいるから寂しく無いよ。これから一緒に頑張ろうね」
「うん!」


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