なりゆき皇妃の異世界後宮物語
「あ……はい」


 密着する距離にドキドキしながら、帰り際後ろを振り返ると、陽蓮はまるで何事もなかったかのようにいつもの飄々とした様子で椅子に腰かけ革胡を弾こうとしていた。


(本当は皇子なのに、どうして……)


 寂しさも悔しさも何も見せず、自分の世界の中で生きている陽蓮。


 ずっと自由に生きているように見えた彼が、初めて自分の内側の世界に引き籠っているように見えた。


 それは、陽蓮が変わったのではなく、朱熹の見方が変わったから。


 陽蓮が皇子だと知ってしまったから。


 曙光に腰を抱かれ、エスコートされるように階段を降りながら、革胡の音色が聞こえてきた。


 美しく、繊細で、伸びやかな演奏。


 彼の音楽はどこまでも自由だ。


けれど、ほんの少しだけ寂しそうに聞こえたのは、朱熹の思い過ごしかもしれない。

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