きっと夢で終わらない
時間ギリギリに教室に入って、またありもしない視線を感じながら、午前中の授業も普段通りやり過ごし、お昼休みは、国語ゼミへ。
扉をノックして開けると、弘海先輩だけがいた。

顔を合わせるのは、土曜日以来。
私に気づくと弘海先輩は「いらっしゃい」とパイプ椅子を出してくれた。


「花純先生は?」

「今コンビニに弁当買いに行ってるよ。『作り忘れた』って、朝項垂れてた」


そういえば今朝、花純先生は随分慌てた様子で教室に入ってきた。
いつもはコンタクトの先生が、分厚いレンズのメガネをかけてきたものだから、生徒が揶揄うと「今日寝坊したの!」とプンスカしていた。


「葛西先生はお昼食べました?」

「四時間目授業だったからまだだよ。……一緒に食べていい?」

「どうして疑問系?」

「いたら嫌かな、って」


今まで嫌だと言ってことはないけれど、もしかすると土曜日に打ち明けたことが気にかかっているのだろうか。
つくづく分からない人。
強引に迫ってくるかと思えば、しおらしく引いてみたりして、言動が矛盾している。

でもそれは、距離を測られているのかな、とも思う。
弘海先輩もきっと、どこまで私に踏み込んでいいのか分からない。
なぜって、私も他人に対しては壁を作っているから。

だからここは、私の方も黙ってしまうのではなくて、


「嫌だったら、あんなこと聞きませんよ」


まだ素直になれるほど、自分を許すことはできないから、婉曲に否定する。
もし本当に今日も会うのが嫌だったなら、先週みたいに「また会えますか?」なんて聞かない。

弘海先輩は私の意図するところを分かって、安堵した表情になった。
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