きっと夢で終わらない
「そっか。うん。……あ、座って」

「ありがとうございます」


促されて、座ろうとすると、花純先生の机の上の「先食べてて」と書き置きが目に入った。
何となくひとりで先にいただくのは気が引けるから、帰ってきて一緒に食べよう。どうせ私のお昼ご飯は今日もおにぎりだ。

そう思ってパイプ椅子に腰掛ける。
背にもたれながら、真っ白な天井に走る薄い茶色の跡を目でなぞっていると、さらりと何かが髪に触れる感覚があった。
驚いて振り返ると弘海先輩が立っていて、その手は私のひとつに結ばれた髪に触れていた。


「……いきなり触らないでくださいよ」

「あ、ごめん。柔らかそうだな、と思ってつい。猫っ毛?」


意外と天然タラシなのかな、と思う。
遠慮がないというか、空気読まないというか、自由というか?
ていうか、あっちでもこっちでも私はネコか?
確かに昔は、若干つり目なせいもあって猫っぽいと言われたことがあるけれど、いきなり触られるのは心臓に悪い。

びっくりした心臓の鼓動は早いまま。
悟られないように平静を装う。


「美容院に行ったらそう言われますね。髪の毛細いね、って」

「しかもネコの髪留めだ」

「先生のクラスの子からもらったんです。私のこと、勝利の女神だって」


さらさらと、弘海先輩の細い指は私の髪を梳かす。
髪なんて滅多に触られることがないから、胸の奥がくすぐったい。
楽しいですか、と聞いたら、サラサラで気持ちいい、と返ってきた。


「結び直していい?」


弘海先輩はすでにゴムに手をかけているから、たぶんダメだといっても解く。


「……まあ」


曖昧に返事をすると、弘海先輩は、うん、と頷いた。
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