長谷川君には屈しないっ!
数秒の硬直状態の後、先生の視線を長谷川君へと向けた。


何…!?


「上地か。お前は真面目だしなんとかなりそうだが、料理はできるのか?」


料理?何の話なの?


「はい。バッチリです」


なぜか何の躊躇もなくそう答えた長谷川君に驚き、瞬時に長谷川君の方へと振り返る。


「これはどういう状況!?私料理なんてできな…っ」


「できるだろ?ほら」


そう言って長谷川君が持ち上げたのは何かが入ったプラスチックの容器。


何か見覚えがあるような…、


「…あ!」


そう。


その容器とは、私が今日持って来ていたマドレーヌの入った容器だった。


いつの間にか私の鞄の中から取り出したらしく、


いつもより3割増で憎たらしく感じる笑顔を浮かべた長谷川君に対し心の中でこう叫んだ。


卑怯者ー!!


「何だそれ?」


「こいつ作ったお菓子です。先輩食べてみてください」


「お、いいのか?」


よくないよくない!


そうこころで再び叫び、掴まれた手によって身動きのできない私はその場でひたすらおどおどするしかなかった。


容器に残っていたマドレーヌはひとつ。


…お母さんが作ったものだ。


「これうまいな!」


「いや、あの………ありがとうございます」


完全にその場の雰囲気に流され、思わず肯定してしまった。


馬鹿馬鹿馬鹿!


なんで認めちゃうのよ!


あくまでお母さんが作ったから美味しいのであって、私の料理じゃ味の保障ができないのに…。


「まぁ、お前がそう言うんだから大丈夫か。じゃあ上地、宜しく頼んだぞ」


「あのっ、違っ……んぐっ」


咄嗟に先生に事実を話そうとしたとき、長谷川君に背後から口元を押さえられた。


「んんんん!(離してください!)」


私の必死の抵抗に、口元に人差し指を当てて静かにするよう促すと、


今度は、他の人には聞こえないように耳元へと顔を近づけ、


「マドレーヌの恨みは大きいって言っただろ?」


と、悪魔の言葉を残した。

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