ストーカーに溺愛されても嬉しくないんですが。


「っああ!もしかして、コイツ!?

麻紘ちゃんが言ってた、つゆのこと溺愛してるストーカーっていうのは!!」


大成くんは納得したように声をあげた。


麻紘、大成くんになに告げ口してるんだ。


「なるほどなるほど!そーゆーことか!」


勝手に解釈するな大成くん。


絶対解釈の方向まちがってる気がしてならない。


「つゆ、もうすぐ19時だぞ」


大成くんはわたしにボソッとそういうと、「あとは仲良くー!」と言ってどこかへ去っていってしまった。


「ちょっと、大成くん!」


わたしの声なんて無視して、背中が遠ざかっていく。


ほら、ね。やっぱりまちがった解釈されてる。


大成くん、家に帰ったらただじゃおかない。




「え、アイツなんでどっか行ったんだ…?」


先輩はまったく状況が理解できていない様子。


そもそも、あなたがストーカーしてきたから、こんな事態になったんですけど?


これこそほんとのストーカーじゃないですか?


「つゆ!アイツは…だれなんだ!?」


先輩はどうしても大成くんの正体を確かめたい様子だ。


大成くんは、わたしのお兄ちゃんなのだ。


4月から東京の大学に入学したんだ。


だけどそのことを、わたしはあえて言わないことにした。


「わたしにだって、デートする相手くらい、いるんですよ」


わざとそう言ってみせた。


あとをつけてきた罰ですよ?


「そ、そうだよな、男友達くらい、いてもおかしくないよな…」


先輩はあきらかに悲しそうにつぶやいた。


ほんっとに、表情豊かな人だ。


わたしとは、正反対。



………まったく………。



「………先輩。わたし、先輩に言いたいことがあります」


「え、なに、聞きたくない」


ふっ。

いったいどんな嫌なことを言われると思っているのであろう。

つい笑ってしまった。



先輩を、まっすぐに見上げた。



…まあ、もしかしたら、新先輩にとって、こんなこと嫌かもしれませんがーー。



「わたし、ストーカーに溺愛されても嬉しくないんですが。

だからそろそろ、昇格しても、いいですよ?」




わたしの言葉に、新先輩は「…えっ?」と声を漏らした。


「え、そ、それは…」


「あ。もう19時だ」


「昇格って…それはつまり…」


「なにぼーっと突っ立ってるんですか?焼肉行きますよ?」


「ちょ、ちょっと!つゆ、待ってくれよー!」


慌てて駆け寄ってきた新先輩に、

わたしはくすりと、笑みをこぼした。




ストーカーに溺愛されても
嬉しくないんですが。おわり★





【ストーカー・・・特定の個人に異常なほど関心を持ってつけ回す人】


【溺愛・・・盲目的に愛すること】


【昇格・・・格式、地位などが上がること】


「ふむふむ…」


俺、慶田新はここ2年ほど手にしていない教室の棚にあった国語辞典で必死に3つの単語を調べていた。


「新なにみてんのー?え、辞典!?勉強してんの!?」


うしろからやってきた宏介は驚きの声をあげた。


「そーだよ!恋の勉強だ!!」


「…ああ、なるほど、つゆちゃんのことな!あれから進展あったのかよ~!?」


あれから…。宏介にどこまで話したっけ。


つゆに好きだと告白してフラれたことは話したし、

つゆが夜ピンチのときに俺を頼ってくれて嬉しかったことは話したし、

つゆがバイクで俺にもたれかかってくれてキュンキュンしたことは話したし、

つゆが茶色に髪を染めてて可愛すぎたことは話したし。


最近の一番の大きな出来事と言えば、2ヶ月記念日のときに焼肉デートしたことと、

ストーカーから昇格してもいいと言われたことだ。


俺はそれを宏介に話した。



「え、よかったじゃん!!」


興奮したようにバシバシ肩を叩いてくる宏介。


「いてーよっ」


「だってやべーじゃん!!一気に彼氏に昇格とか!!」


すべてを飛躍してそんなことを言った宏介。


「おいおい、んなわけねーだろ!!ストーカーから他人になったんだよ!!」


俺ははっきりとそう教えてやった。


“他人”と自分で言っておいて、頭に1トンの重りが乗ったような気分がした。


「た、他人!?なんでそうなんだよ!!」


わけがわからないといった様子の宏介。


仕方ない、説明してやろう。


「だってさ、考えてみろよ、

ストーカーは害があるけど、他人は害がない。てことは、“ストーカー<他人”だろ!」


「お?おう…?」



俺はさらに言葉を続けた。


「“ストーカー<他人<知り合い<友達<彼氏”、の道のりなんだよ!!」


「…」


くっそー、つゆはエベレストよりも高い存在だよ。


「単純計算して、彼氏になるまで最短であと半年必要だ!!」


「……新…。お前、健気だなあ…」


宏介はそう言って生まれたての小鹿が立ち上がるシーンを見守るような瞳で俺を見つめてきた。


「女の子大好きだったお前が、今じゃ後輩に一途にベタぼれだもんなあ…俺はうれしいよ…」


「そんなしみじみ言うなよ!…まあ、そのとおりだけどな」


ーー俺はつゆを好きになるまで、女の子大好き人間だった。


自分からいかなくても、向こうからホイホイよってくる。

モテるって最高!!

だれかひとりにしぼるなんてもったいない、みんなで仲良くしたらいいじゃないか!そんなスタンスだった。


だから余計に気軽に女の子たちがよってきた。


“一途”なんて言葉、あのときの俺には無縁だったーー。




「アタシは遊びだったってこと?サイッテー!!」


女はそう言って俺の頬に思いっきりビンタをかましてきやがった。


ほとんどの女の子たちは俺のスタンスを理解していたが、なかには“自分は特別”と思い込んで勝手に暴走しだすやつがいた。


俺は“遊び”なんて汚い言葉を使われるのは心外だった。


なぜなら純粋に全員友達だと思っているからだ。


その証拠に、全員に平等に接したし、ハグやキスの類いはしたことがなかった。


女の子のほうから腕にからんできたり急に抱きついてきたりすることはあったけど。


「いってえー…」


ビンタしてきた女の爪が長くて、俺の頬には赤い線ができていた。


明日絶対宏介に突っ込まれるなー。


そんなことを思いながら、その場から移動しようとした………そのとき。


目の前に、ひとりの女がこちらを真っ直ぐに見てじっと立っていることに気がついた。


…だれだ?


うちの制服を着ている。


すっげー綺麗な女の子。


サラサラと揺れる長い黒髪。

華奢な体つき。

迷いを感じさせない真っ黒い鋭い瞳。


…こんな子、見たことない。


きっと後輩だ。


…なんだよ、そんなじっと見て。


そのくせ、読めない表情をしている。


“遊びなんて最低”とビンタされたのを見ていたのか。


他人から見れば、俺が悪者に見えただろうな。


笑いたきゃ、笑えばいい。


言いたいことがあるなら、言えよーー


「…ほんと、最低ですね。
でも、ビンタぐらいで済んでよかったですね。
わたしがあの人だったら、あなたのこと、刺してますよ」


後輩であろう女は一息でそう告げると、

クルリと体を反転させて、スタスタと去っていったーー。



俺はポカンとした。


……なんだ、あれ。


わけがわからなかった。


初めて会った知らない女に、そんなことを言われた。


“衝撃”以外の何者でもなかった。


俺はひとまず帰路についた。


頭のなかでは、女の言葉がずっとグルグルとまわっていた。


あの真っ直ぐな瞳が、まるで脳内にこびれついたように離れなかった。




「うっわ、それ、絶対痛かっただろー!!」


次の日、案の定、宏介に会ったそばから頬の傷を突っ込まれた。


俺はその日、一日中、今までにないくらい大人しかった。


休み時間のたびに声をかけてくる女の子たちも、てきとうにあしらった。


「新、今日はいったいどうしたんだ?体調が悪いわけじゃねえんだろ?」


宏介はあまりに大人しい俺を気味悪がった。


「…ちょっとな」


「なんだよ、悩みがあるなら聞くぞ」


真面目な口調でそう言った。


しばしの沈黙のあと。


「………刺されたら、痛いよな」


俺の口からはそんな言葉が出ていた。


宏介はまさかそんなことを聞かれるとは思いもよらなかった様子で「はあ?」と声をあげた。



「そりゃ、痛いに決まってるだろ」


「…だよな」


痛い。絶対痛いに決まってる。


想像しただけで痛みが出そうだ。



“わたしがあの人だったら、あなたのこと、刺してますよ”


きっと、怒りをもって刺すのではない。

相手のことが、好きで、好きで、好きで、好きだからこそ………。


「……それくらい人を想うって、すごいよな」


「…新。俺、まったく話が読めねえ」


「俺、あの子になら…刺されても、いいかも」


「は!?」


いいかもというか、もうとっくに、刺されている。


あの子の鋭い瞳が、俺の心を真っ直ぐに射って、昨日からまったく、抜ける気配がない。


どんなに美人な女がこようと、どんなにスタイルのいい女がこようと、きっと、抜けない。


気になる。

気になる。

どうしても、あの子が気になる。


刺したいと思えるほど“一途な心”を、

俺に教えてくれーー。



「…先輩、顔、死んでますよ」


今日は7月31日。


2ヶ月記念日から、約2週間が経った。


俺はどうやら顔が死んでいるらしい。


そうなって当然だ。

というのも、今日、終業式を終えた。明日から夏休みが始まる。

つまり、つゆに1ヶ月間会えなくなるということだ。


「無理!!そんなのたえられない!!だれか助けて!!!」


「近所迷惑です」


「1ヶ月!!1ヶ月だよ!?30日間だよ!?あ、8月は31日まであるのか!!くっそー!!てことは744時間!!」


「そゆときだけ暗算できるんですか」


「……つゆ、15日は…」


これまで記念日はデートしてくれた。


だから3ヶ月記念日も、会ってくれるよね!?


「15日は埼玉のおばあちゃんちへ行くんで」


「えええええええ」


「…てゆか、記念日じゃなくたって…」


つゆがなにか言ったけど、発狂している俺の耳には届かなかった。


「つゆの家に…着いてしまった…つゆの家はどうしてこんなに近いんだ!!もっと遠くに建ててくれ!!」


「理不尽にもほどです」


つゆはいつもみたいにすぐに家に入ろうとせず、

なぜかじっと立って俺を真っ直ぐに見上げた。


「…つゆ?」


「…あの。コウスケ?て人にちょっと言われたんですけど」


「宏介に?」


いったいなにを言われたんだ??


「半年、とかいう話」


「半年…?」


もしかして、つゆの彼氏になるまでの道のりのはなしか!?


宏介、つゆ本人に言うとはなんてデリカシーのないやつだ!!


でも知られてしまったならもう仕方ない。


むしろそのほうが意識してくれるかも!!


「…べつに、飛び級してもいいんですけど…。

まあ、いいや」


つゆは最初小さくなにやらつぶやいたあと、

ふっと柔らかい笑みを浮かべた。


それだけで、俺はハートが胸に刺さったような感覚に陥る。


俺がどんなにつゆを愛そうと、

そのハート(愛)に常に溺れているのは、

これから先もずっと
俺のほうだと思うんだーー。




ストーカー<他人<知り合い
<友達<彼氏<ストーカーside.おわり★


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