花咲く雪に君思ふ
「……桃矢様」

「目が覚めたみたいだね。さっきまでのことは覚えてる?」

御簾越しに、僕は話しかけた。

「……何となくは。……あの人はもういないのですね」

「そうだよ。……あんたの意識が戻ったなら、もうここには用はないから行くよ」

立ち上がり雪花も促すと、御簾の向こうで、篠姫はこっちをジッと見ていた。

「桃矢様」

「何?言っとくけど、依頼されたこと以外はやらないけど」

「いえ。最後にお教えくださいまし。……あの人は、笑って逝きましたか?」

「……最後までお人好しで優しすぎる、あんたの想い人は、気の抜けるような笑顔で旅立ったよ」

体から魂が離れ、天に上る間際に浮かべた顔は、鮮明に写される。

雪花みたいに、温かな、ふわふわした笑みがね。


「あの後、一の姫様の意識が戻ったことで、お屋敷ではお祝い騒ぎだったんだって。そして、一の姫様の婚姻が決まったって、雨水さんが言ってたよ」

「あいつ、ほんと耳だけは早いよね」

雪花の淹れた茶を啜りながら、雨水のあの憎たらしい笑みを思い出す。

『やっぱりおめぇもあの噂が気になってたんだろ。全く素直じゃねぇんだからよ!やっぱおめぇには理解者が二人くらいはいないとな!俺と雪花ちゃんで、丁度二人だ!』

雪花は良いとして、あんなおっさんになんか、理解者になってほしくないんだけど。

そろそろ臭ってきたし。

……別の意味で。

「……一の姫様は、きっと幸せだと思う」

「何でさ?」

僕の側に来た雪花は、突然そう言った。

「だって、貴族のお姫様は箱の中にいるような生活を送っているでしょう?そして、殿方に声をかけてもらえるまで、こちらから声をかけることも出来ない。そんな中で、心から愛する人に出会えた、愛することを知ったことは、とても素敵なことだと思うの」

愛することすら知らず、義務や責任のために婚姻し、心が荒みながら人生を送る女も少なくはない。

ましてや、一夫多妻制が当たり前なこの時代では、自分以外の女のもとへ通う夫に、嫉妬心を燃やす女が多い。

そして、そこから生まれる邪気やものの怪も同じく多くなる。

恨み辛みだけ知る人生の中で、本当に愛する人に出会えることは、奇跡と同じ。

だから、篠姫は幸せなのだと雪花は言った。

「……かもね」

「勿論、私も幸せだよ」

「……は?」

訝しげに雪花を見る僕に、雪花はふわっと溶けそうな笑顔で笑う。

「桃矢くんと出会えて、桃矢くんを好きになったから。とっても幸せ」

「ば……馬鹿じゃないの?!」

そう言いながら、それでも嬉しかった僕は、雪花を抱き締めていた。

そう、男でも女でも、この時代で心惹かれる相手に出会えるのは、本当に奇跡。

たから僕もその奇跡とやらに感謝してるよ。

……素直に礼なんて言わないけどね。
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