姉の婚約者
 そしてばりばりと鉄柵を開き中に入った。私は一応空を見上げてみる。月は、見えない。でも隠れているだけかもしれない。そのほかもなんだか天井のシミなんだか、星なんだかうまく判別がつかない。ここ、どこだろう?
 後ろ髪をひかれつつ伊沢さんの後に続い鉄柵をくぐろうとした。

「良く見えねえな。これだから人間は。夜目が効かないなんて不便で仕方ない」

 そう呟くと伊沢さんがポケットから食べ終わったヨーグルトの容器を取り出した。ひょいっと頭上に放り投げると一瞬にして燃え上った。プラスチックの焼ける独特のにおい。チリチリと音を立てて、パッケージの文字がどんどん黒く読めなくなっているのに、まるで時間が止まったように放り投げられたその場に静止している。

「え?」

 思わず声を上げた。だって今、素手から火が……。

「おー!良く見えるようになった」

 何が?これ何?いや、

「あなたはなんだ?」

その時に気が付いた。私はもしかしたらとんでもなく甘い見通しでここまでついてきてしまったんじゃないだろうか。
 いきなり全身に恐怖が襲ってきた。夏なのに体が寒くなってきた。鬱陶しい空気が体にまとわりつく。

「吸血鬼」

 今まであるはずないと思ってきた可能性が急に現実感を伴って最有力候補に躍り出てきた。

「あなたは……本物の吸血鬼なの?」

 目の前の人が人間じゃないなんて思えない。でもこれが手品なんて言える?これだけ手間かけてやりたいことって何?

「偽物には会ったことねえけどな。正真正銘吸血鬼だ。血を飲むとこみたいんだろう?」

 そんなにあっさり肯定するなよ。もうビルの上から飛ぶなんてことしなくていいのに今更、足が震えだす。吸血鬼には詳しくないけれど脳裏にタイミング最悪の事が浮かんだ。
 父が見ていた古い映画、そこでは吸血鬼は人間を食べていた。吸血鬼は人間を食べる。

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