【短編】記憶の香り
 彼女は3杯目のカシスオレンジを手に持ち、未だ俺の話しを聞いてくれていた。

「他のコと遊んで忘れるのが1番だよ」

「じゃあ、忘れさせてくれる?」

「え!?わ、私はダメだよ」

 彼女は、俺の返答に困ったような手振りも加えながら言った。

「冗談だよ」

 笑いながらそう言うと、彼女も笑いながら俺の頭をパシッと叩いた。

 その時、俺の携帯電話の着信音が鳴った。

 液晶画面を見ると、俺は携帯電話をポケットに仕舞った。

「出なくていいの?」

「うん。会社の新入社員のコから」

 彼女の問いにさらりと答えた。

「熱烈アタック受けてるとか?
出なよ。ユリさんのことは忘れなきゃ」

「そう……かな?」

 彼女の言う通りだ。

 俺はユリのことを忘れたくてずっと悩んできた。

 それは、悩んでいるだけでは解決なんてしない。

「ちょっと、ゴメン」

 俺は席を外し、店の表に出た。



 電話を終え、戻ってくると彼女がマスターからお釣りを受け取っていた。

「帰るの?」

「うん。引きずり男の道案内は済んだからね」

 俺は、笑顔でそう言って店を出る彼女に、ありがとうと礼を言って見送った。


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