春雷
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二月の夜はとても寒く、天気予報では、今夜は雪が降るだろうと言っていた。

真っ暗な夜空に、一つ、澄み渡るような月が浮かんでいる。

外は満月なのだろうか。

窓辺に月の光が差し込み、ベッドに腰掛けた彼女の滑らかな曲線を照らしている。

あまりに美しく、尊い光だった。
(綺麗だなあ‥)

後ろから抱きしめたい衝動に駆られたが、
彼女の背を、なるべく長く見ていたい。

写真に収めたいとお願いしたら、
きっと怒るだろう。
まぶたに焼き付けれるものならそうしたい。

「綺麗だ」

「え?」

「綺麗だよ。琴葉さん。本当に好きだ。
ずっと、眺めていたい」

「‥余分な脂肪まみれの体、褒めてもらっても嬉しくありません」

「いらないなら僕にください。貴女の脂肪なら喜んで取り入れましょう」

彼女は少しむくれて、ぷいと、そっぽを向いたので、後ろから彼女を抱きしめた。
抱きしめると、胸いっぱいに幸福感が広がる。
今、自分の身体は彼女を抱きしめるためにあるのだと思うと
数時間後には離れなければならない辛さが
身を切るほどの痛みに感じた。

「‥紺さんの身体は、暖かい。体温が高いから、痩せれるの?」

「さあ?食べても栄養を取り込みにくいだけなのかもしれませんよ?」

僕の指をつつ、と、遊ぶようになぞる彼女の指を、絡めとり、首筋にキスをした。

「輝夜姫みたいに、あなたは夫のいる月に帰るの?」
「そんないいものじゃないわ。‥夫は、私のことはいらないんだって。娘がいればいいんだって。今は、私もハウスキーパーだと思って、家にいさせてもらってる身よ」

「娘さんは、どう思ってる?」

「‥あの子、本当にフランスに行きたがっていた。だけど、自分はいいから、私に行けって‥。そんなことはできない。あの子だけ置いていくなんて、できない」

「うん、そうだね‥」

「実の父親より私と生きる道を選んでくれたのよ‥。
不甲斐ない私を責めもせずに。
彼女が私とずっと居たいと思ってくれるのならそんな、彼女を無下にできるはずがないわ‥」


「それでこそ琴葉さんだ。笑っている貴女も好きだけれど、愛する娘を置いていけないと
苦しむ貴女の美しさも好きだよ」

馬鹿、と呟く彼女をまた強く抱きしめた。

ああ、僕のものだ。

彼女の足かせをはずすのに何が足りないんだろう。

「琴葉さん‥別れてほしいなんて言いません。
よく、話し合ってください。
誰だって、輝ける場所があります。それが僕の側だったら、嬉しいです」

「‥高村先生の光が強すぎて、私は影にいる気分ですよ‥」

「え、こんな腹黒い男を眩しがってくれるんですか?嬉しいなあ。
でも、先生、日陰で咲く花もあるじゃないですか。僕からすれば貴女の笑顔なんて、咲き誇る花のように見えますけどね」

本当は、彼女は気付いている。
事の深刻さに。罪の重さに。

彼女だって、不安なんだろう。
僕たちが添い遂げるということは、
誰かを不幸にしているのだ。
彼女の足元には簡単に振り払えないものがたくさんある。
罪を二人で背負っていくことでしか
生きていけない未来に
彼女を引きづりこもうとしている僕は
地獄の亡者のようだ。
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