常盤の娘
「結婚なんてね、愛情でするものじゃないんだよ。因縁でするものなのさ」

私と母が曾祖母の病室に見舞いに訪れていたある日、彼女はふと気づいたようにそう口にした。八人部屋の病室だったが、平日の昼間だったためか、私と母を除いて他に見舞客の姿はない。ほかの患者の話し声や生活音もなかった。いやに静かな病室に曾祖母の格言じみた一言は重く響いた。私は何か絵本を腕に抱えこんでいた。曾祖母は眠るように目を瞑っていた。曾祖母の皺くちゃで薄っぺらい皮膚が、その眼球をぴたりと包むように覆っていた。私はだんまりと口を結んで、彼女の眼球の形をじっと見つめた。そして、そのまま母の返答を待った。

いくばくかの沈黙を強引に引き裂くように、母はけらけらと笑った。

「やだわ、おばあちゃん。おじいちゃんとあんなに仲良かったじゃないの」

曾祖母は瞼の下から片目を覗かせて、ぎょろりと母の顔を見た。当時の私はまだ何もわからない五歳の女の子だったが、母の返答が全くの見当外れであることを感覚的に理解した。一見、曾祖母の言葉は曾祖父への恨み言ともとれるものだが、そこに曾祖父との結婚を後悔している様子など微塵もなかった。何かこの世の真理を悟ったかのような物言いだった。

そしてこの一週間後、曾祖母は肺炎で他界した。
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