月夜に還す
 「こうくん…ごめ、」

 「謝まらないで。もう針千本呑んだんだから、ゆきちゃんとの約束はこれでチャラだ。」

 フワッと柔らかく微笑む滉太に、幸香の胸が締め付けられる。
 何故だか無性にその胸に顔を埋めて泣きたくなった。

 (私が泣く場所はここじゃない…)

 彼を見上げていた顔を伏せて、目を閉じてそっと息を吐き出した。

 そして、もう一度彼を見上げて、綺麗な笑顔を作った。
 今までで一番幸せに見えるように。

 「ありがとう、こうくん。」

 「こちらこそ、ありがとう。ゆきちゃんにもう一度出会えて良かった。」

 滉太の腕がそっと開かれる。

 お互いに一歩ずつ相手から距離を取る。

 「もう、ここまでで大丈夫。ここからは、一人で帰るね。」

 「大丈夫なのか?ホームまで送るけど。」

 「ううん、大丈夫。着いた駅に彼が迎えに来てくれるし。」

 「…そうか。優しい人なんだな。」

 「うん、すごく。」

 幸香がそう言うと、滉太は少し寂しげな微笑を浮かべた。

 彼のその表情に、胸が締め付けられるけれど、幸香は敢えてそれに気付かない振りをして、足元に落ちた花束を拾い上げる。

 「じゃあ、お元気で。」

 「ああ、お幸せに。」

 花束を抱えた幸香が滉太の脇をすり抜ける。
 決して振り返ってはいけない、そんな強迫観念に駆られて、幸香は足早に路地を通り抜ける。
 そして賑やかな駅前通りを一目散に目指した。
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